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ローマ時代

3万年以上も前に、オーストリアの地に最古の芸術作品が生まれました。つまり、石器時代後期の狩人たちがワッハウ地方に豊饒の女神「ヴィレンドルフのヴィーナス」の像を創り出したのです。オーストリア各地の博物館に収められている豊富な出土品の数々が、これに続く時代を裏付けています。

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オーバーエーステライヒ州のザルツカンマーグートの有名な地名にちなんで名付けられた「ハルシュタット文化」とラ・テーヌ文化の時代からの陶器と並んで、とりわけ青銅器がイリュア人とケルト人の高い工芸制作能力を示しています。

紀元前15年以降約500年の間、ドナウ河までにいたるアルプス地帯は、アウグストゥス皇帝の治下でローマ帝国に編入されることになります。ローマの居 住・生活様式と平行して、地中海文化の影響により、石造建築とアーチ型、紋様を具えた彫刻と壁画、装飾的なモザイク制作と高級な工芸技術も導入されまし た。

民族大移動時代の混乱の中で、確かにローマ文化は衰退しましたが、初期キリスト教信仰は滅びず、聖フローリアンの殉教と聖セヴェーリンの名前としっかり結 び付いたのです。本来、キリスト教文化は、ザルツブルクと中世初期のバヨヴァリィ人(今日のバイエルン人)の修道院設立に端を発します。

この時代の貴重な証拠として、ザルツブルク流派(絵画)の「ミレナウリス・コーデックス」とクレムスミュンスター大聖堂にある豪華な金盃”タッシロの盃” があります。リンツのマルティンスキルヒェ教会とカルンブルクのプファルツカペレ(王宮礼拝堂)には珍しいカロリング王朝時代の記念建造物が保存されてい ます。