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アントン・ブルックナー (1824 - 1896)

19世紀最高の宗教音楽家。ザンクト・フロリアン修道院の少年合唱団員として音楽教育を受け、後には長くここでオルガニストを勤めた。その他、リンツ大聖堂のオルガニスト、ウィーンの宮廷オルガニストを歴任。交響曲、教会音楽、世俗合唱曲も多数作曲。 ザンクト・フロリアン修道院の地下に葬られている。

 © KWS
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 © OEW Porzika
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”神の音楽家”と愛情をこめて呼ばれるようになったブルックナーは、オーバーエーステライヒのアイスフェルデンで生まれました。少年時代は、サンクト・フロリアンの大修道院の少年聖歌隊に加わり、そのあと父親と同じく故郷の村の小学校で教鞭をとりました。彼は正式な音楽教育を受けませんでいたが、オルガンの弾き方を学び取り、高い技巧を身につけました。このことは、生涯を通じて彼の作曲の才能に影をおとすことになりました。彼はサンクト・フロリアンにオルガン奏者としてもどり、リンツの大聖堂に通いました。その後彼はウィーンに呼ばれ、音楽学校でオルガンを教えることになりました。彼はオルガン・コンサートを催したり、またオルガンコンテストに参加するためにパリやロンドンまではるばる出かけたりしました。彼は、ハイドンと同じく敬けんで慎み深く、また忍耐強い人で、晩年になってからその独創性が開花しました。またベートーヴェンのように、作曲するのに身を粉にして何度も手を加え、絶えず、書き直したり訂正したりしました。また、シューベルトのように、多くの作品にをあとから書き直すために、未完成のまま残しています。たとえば、1849年に書かれた「サンクト・フロリアン・レクイエム」を、1892年にまったく書き直してしまっているのです。彼の交響曲の様式は広壮で、悠々としたテンポでしかし完全に均整がとれています。そして、主要楽章の主題を従来の2つから3つにすることを創出しました。
その構想は、バロック大聖堂のように記念碑的なものでした。なにしろ彼の交響曲は、60分から85分もの時間がかかるのです。彼は生涯を通じて自分の深い信仰心を宗教音楽に注ぎ、ミサ曲と荘厳な「テ・デウム」で頂点を極めました。ブルックナーの遺骨は本人の希望により、サンクト・フロリアン大修道院のオルガンの下に葬られています。