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アントン・フォン・ヴェーベルン (1883 - 1945)

シェーンベルクに学び、共に20世紀初頭の無調音楽、第一次世界大戦後の12音主義の開拓者。


音楽学でウィーン大学の学位をとるほど厳格に音楽の研鑚を積んだウェーベルンは、その後、シェーンベルクについて学び、新ウィーン楽派の一員となります。1908年に書かれたパッサカリアには、まだマーラーを思わせるものがあり、その後10年の間、彼は劇場の指揮者としての地味な生活を送りました。

1918年以降、彼は初期の伝統的な影響から脱し、無調音楽に転向します。彼は指揮者としてますます成功を収めるようになりましたが、しかし彼の作った曲はごくまれにしか演奏されず、その後ほとんど評価されなくなっていきました。

彼はユダヤ人ではありませんでしたが、退廃的な芸術運動の代表者としてナチスのブラック・リストに載せられ、金を得るために下級な仕事を転々とせざるを得ませんでした。第二次世界大戦の終結後に、ザルツブルク州のミッターシルで、彼はアメリカ兵士に撃たれて、悲劇的な最期をとげました。厳格な構造を持った彼の音楽をみれば彼がいかに強固な音楽理論を学んだかわかります。

彼の31個の作品は、音楽に必要な最低限の要素だけが集約されていて、和声も持っていませんが、力強く、正確で、表現力に富んだものとなっているのです。彼の作品のほとんどは、歌曲、室内楽、小オーケストラ用に書かれました。今日に至るまで彼の作品は一般的趣向の主流からいくらかはずれたものとされています。