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アーノルド・シェーンベルク (1874 - 1951)

作曲家。「12音技法」創始者として、20世紀音楽にもっとも大きな影響を与えた残した作曲家のひとり。ナチス台頭のため33年アメリカへ亡命。


音楽教育は受けたものの、最初は独学で作曲の勉強をしたシェーンベルクは、1900年頃からずっと新しい音楽の表現形式を模索し続け、それを展開させ、今世紀における音楽の発展に全面的な影響を与えました。彼の初期のピアノ曲や弦楽四重奏曲や「グレの歌」は、まだ伝統的な調性の限界内にとどまっていますが、1909年に書かれた3つのピアノ曲作品11で、彼は無調音楽の世界へ踏み出しました。ウィーンの、一般にもの知りではあっても保守的で、口うるさい聴衆は、彼の新しい様式を理解せず、受け入れることはできませんでした。シェーンベルクはベルリンへ移りました。

1920年代初頭にウィーンに戻ってきた彼は、12音音楽、すなわち新しく12の半音を固定した音列を開発し、和音を発展させました。この時期以降の彼の主な作品は、未完のオペラ「モーゼとアロン」、いくつかの四重奏曲、五重奏曲(一曲)、変奏曲、セレナーデ一曲と、組曲です。彼は新ウィーン楽派として知られる音楽家や作曲家仲間の中心人物になりました。

彼は1925年にベルリンに移り、1931年にはホい喘息を和らげる気候を求めてスペインに移り、1933年にはアメリカに渡りました。最初はボストンに住み、そのあとカリフォルニアに移り、そこで教えたり、晩年の作品を創作したりしました。彼の想像力の一面として興味深いのは、1908年彼は絵を描き始め、1914年以前にヨーロッパのドイツ語圏で発行されたカンディンスキー主宰の有力な芸術雑誌'青い騎士'に、作品を載せられるほど、絵の才能にも恵まれていた、ということです。