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グスタフ・クリムト (1862 - 1918)

ウィーンの世紀末芸術様式ユーゲントシュティルの代表画家。 「ウィーン分離派」を結成して初代会長となる。

The Kiss by Gustav Klimt © Belvedere Vienna
The Kiss by Gustav Klimt © Belvedere Vienna
Fritza Riedler - A painting by Gustav Klimt © Belvedere Vienna
Fritza Riedler - A painting by Gustav Klimt © Belvedere Vienna
 © Wien Museum Karlsplatz
© Wien Museum Karlsplatz
 © Leopold Museum
© Leopold Museum
Beethovenfries, Vienna Secession © Österreich Werbung/Trumler
Beethovenfries, Vienna Secession © Österreich Werbung/Trumler

貧しい彫金師の息子として生まれ、奨学金を得て美術工芸専門学校に学ぶ。弟エルンス ト、友人フランツ・マッチュとともに「コンパニー」を設立、長らく歴史主義絵画を制作した後、ベルギーのコーノプフ、オランダのトーロプ、彫刻家ロダンか ら決定的な影響を受けて、独自のスタイルを確立、また、初代総裁としてセセッション発展、若手育成に尽力している。

1900〜1905年ウィーン大学セレモニーホールのため制作した天井画は一大スキャンダルとなり、結局クリムトは大学からの委嘱を返上した。1903年 2度にわたりイタリアのラヴェンナへ旅行、サン・ヴィターレ教会のビザンツ・モザイクから大きな影響を受け、以降の作品に金箔モザイクの要素を用いるよう になった。生涯結婚せず、エミーリエ・フレーゲを伴侶としたほか、モデルの多くを愛人とした。

装飾的な歴史主義から出発して、再び装飾に帰着したクリムトのプロセスは、モダンへの最もウィーン的なアプローチと言えよう。

作品
歴史主義時代の壁画:ヘルメスヴィラのエリーザベト皇后の寝室、ブルク劇場階段ホール(アポロの祭壇、ディオニソスの祭壇、タオルミナの円形劇場、ロンド ンの地球座=シェークスピアの劇場。なお、「地球座」の観客の中には、襟飾りのクリムト、弟エルンスト、友人フランツ・マッチュが見られる)、美術史博物 館階段ホールのスパンドレル(エジプト、古代ギリシャ、古代ローマ、ローマとヴェネチアの15世紀、フィレンツェの15世紀)。
ウィーン博物館カールスプラッツ:「愛」「俳優レヴィンスキー」「エミーリエ・フレーゲ」その他。
オーストリア・ギャラリー:「ソーニャ・クニップス」「水蛇I」「接吻」「アデーレ・ブロッホ=バウアー」「ヴィオレットの帽子」「アッターゼーの風景画」数点、その他。
セセッション:「ベートーヴェン・フリース」
応用美術博物館:ストックレー邸壁画「期待」、「充足」のエスキス。
オーストリア演劇博物館:「赤裸々な真実」
アルベルティーナ:素描多数。

墓所
ヒーツィンク墓地 Hietzinger Friedhof, 1130 Wien, Maxingerstrasse 15:地下鉄 U4 Hietzing 下車 (Gruppe 5, Nummer 194/5)