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フンデルトヴァッサーの世界

自由な発想を持つ画家、フンデルトヴァッサーは絵画のほかにも、建築デザインや商業デザインでもユニークな作品を残し、今も高い評価を得、そして活用されています。

Rogner Bad Blumau/Hundertwasser © Österreich Werbung/Rogner Bad Blumau

フンデルトヴァッサーと日本

日本とのつながりも深く、フンデルトヴァッサーの作品は日本美術の影響が見られます。1960年代には日本で木版画を制作しており、サインも漢字で「百水」と日本語に訳して使用していました。

2013年3月からはウィーンのベルヴェデーレ下宮で「フンデルトヴァッサー、日本と前衛」展が開かれます。

1950年代のヨーロッパにおいて 極東は新しい芸術世界を開くために取り入れたい文化エリアと考えられていました。フンデルトヴァッサーも多くのヨーロッパのアーティストと同様、道教や禅仏教の考えを解釈を試みました。その基礎となったのは広重や北斎の木版画の魅力です。

この展覧会ではフンデルトヴァッサーの初期の作品で日本の前衛芸術の影響が見られるものが選ばれ、国際的なコレクションと国際前衛アーティスト(イヴ·クライン、ピエロ·マンツォーニ、ルチオ·フォンタナとキトウ・アキラを含む)の数々の作品から選ばれた40以上の作品を一緒に展示し、国際的な視点でフンデルトヴァッサーの側面を探ります。

「フンデルトヴァッサー、日本と前衛」展
2013年3月6日~6月30日
毎日10~16時、木曜10~21時
ベルヴェデーレ下宮
Rennweg 6, 1030 Wien
 


フンデルトヴァッサー


画家フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー(本名フリードリヒ・シュトーヴァッサー)は1928年12月15日にウィーンで生まれ、1999年に71歳でこの世を去りました。 20歳のとき、ウィーン美術アカデミーで本格的に絵を学びましたが学校には3ヶ月ほど留まっただけでした。21歳のとき、フンデルト(100の意味)ヴァッサー(水の意味)と名乗るようになります。1951年23歳のとき、ウィーンの美術クラブに入会。その後、生涯続いた外国への旅が始まります。まずは、自分の作品が展示されたヨーロッパの各地に、その後アフリカ、タヒチ島、アジア、太平洋へと行き先を伸ばしました。

1959年、画家アルヌルフ·ライナーとエルンスト·フックスと一緒に、"ピントラリウム"と呼ばれる芸術家のための新しいプログラムを提唱。シュタイヤマルク州にあるゼッカウ修道院にて、反体制文化の全盛期に絶大な人気を享受した文書 "オルディネス・マニフェスト"を始めて発表。彼の "ロースからの脱却"(1968)で、芸術における無機質さと硬い美学を非難し、より美しさと俗っぽさを求めました。

1959年にはフンデルトヴァッサーは、ハンブルクの芸術アカデミーで講義; 1981年から彼はウィーンの美術アカデミーでマスタークラスで教鞭をとりました。

フンデルトヴァッサーは、クイーンエリザベスII号の船内で2000年2月19日に心臓発作で死亡しました。彼の願いによりニュージーランドの地で自然との調和のなか埋葬されています。

 作品、仕事

旅に出始めたころから彼の絵にはカラフルな赤や黄色、緑、青が多用され、やがてどこまでも続く線や螺旋渦巻きが登場し、その曲線で家が描かれていきます。家の上には木が植えられ、水が流れ、雨が降り・・・、その主題は家と木と水に集約されていきました。彼の作品には、家と人と自然の共存という哲学がこめられています。

彼の代表作「フンデルトヴァッサーハウス」はウィーン市の市営住宅で、現在も一般の市民が住んでいます。1977年、当時のウィーン市長レオポルト・グラッツはフンデルトヴァッサー「君の思い通りの家を建ててみないか」と提案し、プロジェクトはスタートしました。彼は、都会の真ん中に木々や土のある生活ができるようにと考えていましたが、ウィーンの街の中心部には庭のある一軒家などはほとんど見あたらず、集合住宅ばかりです。そこで、庭がないなら屋根やベランダに草や木を植えればよいと考え、自由な発想が開花します。絵を描き、模型を作り、建築家ペーター・ペリカンの協力を得て、緑に覆われたふんでるとフンデルトヴァッサーハウスを8年の歳月をかけて完成させました。

ウィーン、シュピッテラウにあるゴミ焼却場は1989年フンデルトヴァッサーの外装デザインで改築されたものです。街中にあって圧迫感がないのは、優れたデザインによるものといえます。最新の設備でゴミを燃やし、その熱で水を温めて、ウィーンの26万世帯にお湯を供給しています。ちなみに彼は、大阪の舞州にあるゴミ焼却場もデザインしています。

ウィーンから南へ約120kmほどにある巨大温泉リゾート「ロクナー・アート・ブルマウ」はフンデルトヴァッサーにより1997年に完成したものです。230面平方メートルの敷地には800人を収容できるホテル、様々な温泉プール、6種類のサウナ、エステ、健康プログラムが用意されています。建物はなだらかな丘のようなフォルムでできていて、様々な形の窓、カラフルは壁を持ち、まるでおとぎの国にようです。そして最大の特徴は、屋根に当たる部分がすべて草や木で覆われていることです。散歩していると、気づくとそこは建物のてっぺんということもある、不思議なリゾートです。

フンデルトヴァッサーは、また商業アーティストとしても面でも優れた才能を発揮させています。例えば、郵便切手のデザイン、旗や国旗のデザイン、車のナンバープレート、コイン、本の装丁などなど。建築をはじめ、様々な形に姿をかえた彼の作品は、彼の死後さらに評価されています。