ビーダーマイヤー様式
1815〜1848年の時期は、当時の小説に描かれた偽善的な人物像から「ビーダーマイヤー」と名付けられました。もっと身近で日常的なモノに目を向けようとして生まれた市民文化の形態の総称。ビーダーマイヤー様式、ビーダーマイヤー文学、ビーダーマイヤー時代などのように使われます。
「高貴なる素朴と静かな 偉大さ」を求める動きが啓蒙の芸術的創造を決定します。ともかく新古典主義はオーストリアでは、フランスのアンピール様式のような豊富な形態とはならず、 むしろ上品で簡素な変種となり、これがほとんど段階を踏むことなくビーダーマイヤー様式に移行していきます。
代表的な建築家としてはイジドーア・カーネヴァレとルイ・モントワエが挙げられます。彫刻は、フランツ・アントン・ツァウナーとアントニオ・カノーヴァが 出てほんの短い開花期でした。新古典主義の主たる代表は、ハインリヒ・フューガーです。英雄的に栄えた時代に続くのは、1814/15年のウィーン会議の 後、市民的なロマン主義の時代です。
政治的な出来事から広範に締め出された市民階級は、高度で自由な芸術を競って、工芸の分野で市民文化を創り出しました。それは真なるもの、美なるもの、しかしまた自由、平等、友愛に対しても開放的な態度をとっていました。
この新しい世界像は、造形美術においては、絵画に完璧に表現されています。ヴァルトミュラー、アメリング、ダフィンガー、ダンバそしてルドルフ・フォン・アルトの作品の中に、市民のあり方の芸術的変容ぶりがうかがえます。
新古典主義の反対運動、つまりロマン主義の高名な代表者はヨーゼフ・フリューリヒ、モリッツ・フォン・シュヴィントといった画家です。建築の分野ではヨーゼフ・コルンホイゼルが、その住宅用建築や別荘建築に携わることにより市民の傾向を標榜しています。
応用芸術においては、家具・調度の分野で、1845年頃まで即物的で快適は様式が展開されます。これが、1848年の革命を持って終わる運命にあったビーダーマイヤー様式に、その名を冠するものでした。
ビーダーマイヤー建築・町並み・墓地
代表的建築:
ビーダーマイヤーの代表的建築家ヨーゼフ・コルンホイゼル(1782〜1860)が、1822年改築を担当したヨーゼフシュタット劇場、旧市街のサイテン シュテッテンガッセの2番地の、コルンホイゼルの自宅、また4番地には同建築家の設計によるイスラエル協会の建物とユダヤ教会など。
ウィーン グリンツィング:
ホイリゲで名高いグリンツィングやヌスドルフなどには、ビーダーマイヤー時代の愛らしい町並みが残っています。
サンクト・マルクス墓地 :
現存する唯一のビーダーマイヤー墓地で、モーツァルトの墓で知られています。
シューベルト・コンサート(リヒテンタール教会中庭):
ウィーン9区のリヒテンタール教会。シューベルトが洗礼を受け、この教会のためミサを作曲した。毎年7〜8月、ビーダーマイヤー様式の中庭でシューベルトを偲ぶコンサートが催されます。
バーデン(ウィーン郊外):
市庁舎、サウアーホーフなど、典型的なビーダーマイヤーの建物が残っています。
博物館
ウィーンミュージアム・カールスプラッツ:
ビーダーマイヤー時代の絵画、家具、陶磁器・グラスなどを網羅。
オーストリア・ギャラリー(ベルヴェデーレ上宮):
ヴァルトミュラー、シュヴィント、フェンディなどを筆頭に多くのビーダーマイヤー絵画が展示されています。
応用美術館:
ビーダーマイヤー及びユーゲントシュティルの陶磁器・グラスが展示され、両様式を比較することができる。