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ハプスブルク家の足跡を訪ねて

ハプスブルク家ほどヨーロッパの運命を担った王朝はありません。何世紀もの間ドイツ王と神聖ローマ帝国の皇帝を輩出し、君主制を築きました。オーストリア国内のハプスブルク家ゆかりの地を訪ねてください。

 © Schloss Halbturn
© Schloss Halbturn
 © Südbahnmuseum
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 © Österreich Werbung
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 © Österreich Werbung/ Popp Hackner
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 © Österreich Werbung/Trumler
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 © OÖ Tourismus
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 © Innsbruck Tourismus
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Ambras Palace, Innsbruck © Tirol Werbung
Ambras Palace, Innsbruck © Tirol Werbung
Schloss Hof Palace © Schloss Hof
Schloss Hof Palace © Schloss Hof

ウィーン
 
ホーフブルク王宮のシシィ博物館と皇帝の住居
シシィ博物館には、皇妃エリザベートの私物のほか、若い花嫁の婚礼前夜のパーティドレスのレプリカ、部屋着やパラソル、扇、手袋などが展示されています。また、旅行好きだった皇妃専用の豪華なサロン車両のレプリカも見ることができます。皇帝の住居では、シシィの洗面所、エクササイズルーム、1876年に皇室のメンバーとしては初めて設置された浴室も見学できます。
Hofburg Wien
 
アウグスティーナー教会
女帝マリア・テレジアとフランツ・シュテッファン・ロートリンゲン公が挙式を挙げた帝室教区教会である聖アウグスティーナー教会で、皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベート、皇太子ルドルフとシュテファニー王女が、またフランスの皇帝ナポレオンとマリー・ルイーズも結婚式を執り行いました。印象的なのはアントニオ・カノーヴァ作の大公女マリー・クリスティーネの墓標(1798年~1805年)とゴシック様式の聖ゲオルク礼拝堂(ロレット礼拝堂への入り口で1337年建立)です。さらに心臓保存所にはハプスブルク家の54人の心臓が銀の壺に納められています。
Augustinerkirche
 
シェーンブルン宮殿
かつての皇室の邸宅はヨーロッパでも最も美しいバロック様式の宮殿の一つに数えられています。ハプスブルク家の人々は一年のうち大部分を、宴会ホールのほか皇帝の大家族に必要な数えきれないほどの部屋を持つこの宮殿で過ごしました。今日では宮殿は歴史的重要性を持つ、ユニークな敷地と豪華な調度品のため、ユネスコの世界遺産に登録されています。
Schloss Schönbrunn 
 
ラインツ動物公園とヘルメスヴィラ
市の郊外、ウィーンの森に位置するこの場所は皇帝の狩猟場でした。現在でもイノシシは鹿が生息する自然公園で市民の憩いの場です。公園の奥にあるヘルメスヴィラは皇帝フランツ・ヨーゼフから妻エリザベートへの贈物でした。豪華な調度品がそろい、後期ロマン主義の建物です。今日はウィーン市博物館所属のミュージアムになっています。
Hermesvilla
 
皇帝納骨所 (カイザーグルフト)
カプチーナー教会の中にある皇帝納骨所には12人の皇帝、19人の皇妃を含む全部で146人の貴族が安置されています。マリア・テレジアと夫、皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロートリンゲンI世の対になった壮大な棺は、バルタザール・フェルディナンド・モルス作で、まず目を引きます。その一方彼らの息子ヨーゼフII世の棺はシンプルです。実質最後の皇帝フランツ・ヨーゼフI世も1916年以来ここに眠っています。皇妃エリザベートと皇太子フドルフの石棺もあり、カプチン修道士たちにより守られています。
Kaisergruft
 
ベルヴェデーレ宮殿
上宮と下宮と広々として庭園からなるベルヴェデーレは18世紀に建築家ヨハン・ルーカス・フォン・ヒルデブラントによって建立されたオーストリアの将軍プリンツ・オイゲン公の宮殿です。ベルヴェデーレは世界で最も美しいバロック様式の建物の一つで、壮大な大理石の間、サラテレーナ、豪華な大階段を持つ上宮はオイゲン公の時代には宴会の宮殿として機能していました。今日は中世からバロック時代、さらには近代までの美術品が展示されている美術館です。下宮には華美なホール、大理石の間、金の間などがあり、オイゲン公の居住空間でした。絵画、古美術のコレクション、図書館があります。
Schloss Belvedere
 
 
ニーダーエステライヒ州
 
シュロスホーフ
ニーダーエステライヒ州のホーフにある祝祭宮殿シュロスホーフはサボイのオイゲン公の狩猟の館として当時は利用されていました。ヨーロッパで最も美しいバロック様式の庭園の一つで、壮大なテラスを持つ庭園と宮殿はハプスブルク皇帝から、トルコ攻囲に勝利したオイゲン公へ贈られた王侯給与でした。その後1755年にマリア・テレジアが相続し、夫のフランツに贈られました。今日でもオイゲン公の栄光のテラスでバロック祭りが行われています。
 
 
オーバーエステライヒ州
 
バード・イッシュル市博物館
1853年皇帝フランツ・ヨーゼフとエリザベートが婚約を祝った、当時のホテル・オーストリアは今日では市立博物館で、バード・イッシュルの、特に塩の生産地としての重要性、温泉療養地としての台頭、皇帝の夏の保養地としての市の発展が紹介されています。
Stadtmuseum Bad Ischl 
 
カイザーヴィラ(皇帝の別荘)
旧皇帝の庭園に建つカイザーヴィラは大公妃ゾフィーから皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリザベートへの贈物で、約60年間夏の御用邸として使われました。別荘の見学はガイドツアーでのみ可能です。
Kaiservilla Bad Ischl 
 
 
チロル州
 
ハルの貨幣鋳造塔
ハルはハプスブルク家の貨幣製造の都としての輝かしい歴史を物語っています。この町で初めて銀貨が鋳造されたのは1486年で、その後1567年に皇帝マクシミリアンII世は圧延鋳造機を作って初めてコインを作らせました。女帝マリア・テレジアの時代には有名なマリア・テレジア・コインを1700万枚も鋳造し、帝国中に流通させ、通貨として使用されました。コイン博物館を訪れると、貨幣の世界が詳しくわかり、500年にわたるヨーロッパの金融の歴史が学べます。例えば、世界で最初のターラーや、20kgもの世界最大の銀貨も展示されています。貨幣タワーからは中世の雰囲気をもつハルの旧市街と、遠くにはハプスブルク家の狩猟地であったカーヴェンデル山脈が見渡せます。
Hall-Wattens 
 
アンブラス城とインスブルック宮廷教会
インスブルックの町の南に聳えるアンブラス城には、フェルディナンド大公II世(1529~1595)が収集した素晴らしい絵画、武器、世界中の希少な品が常時展示されています。
フェルディナンドの曽祖父である、ハプスブルク皇帝マクシミリアンI世(1459~1519)は、芸術の上でも、政治の上でも、死後も自分自身を永続させるために、インスブルック宮廷教会に彼の石棺と、28体の大型ブロンズ像を周りに設置させました。マクシミリアンの先祖と子孫を表現するといわれるいわゆる「黒い男たち」と彼の墓は当時のもっともすぐれた画家、彫刻家、ブロンズ造形家たちによって制作され、チロルノ最も重要なルネッサンス芸術とされています。また、必見なのは祭壇の上に華やかな銀のレリーフ、十字架のある円蓋、ルネッサンスの絵画で飾られた銀の礼拝堂です。
Schloss Ambras
Innsbrucker Hofkirche  
 
 
シュタイヤマルク州
 
ミュルツツーシュラークでの皇帝フランツ・ヨーゼフとシシィ
1854年の皇帝フランツ・ヨーゼフ一世とシシィの結婚後、この新婚カップルはセンメリング鉄道の開通祝いと、シュタイヤマルク地方で過ごす新婚旅行のためウィーンからミュルツツーシュラークまで旅行しました。ミュルツシュテークにある皇帝の狩猟館に滞在するために皇帝はよく列車を利用しました。狩猟用特別車両が導入され、快適な移動と狩猟を楽しむことができました。世界遺産センメリング鉄道の南路線鉄道博物館にはパイプ、パイプツール、葉巻カッター、ペン、吸い取り紙が入ったオリジナルの皇帝の旅行セットで見られます。また、帝国(K&K)のカフェ車両では、コーヒーとケーキ、またはトリエステル・ビールで一休みすることができます。
Südbahnmuseum
Semmeringbahn
 
グラーツ宮(ブルク)
グラーツは今日では前衛的な都市とみなされています。ハプスブルク家もその当時からグラーツの美しさを認めていました。したがってグラーツはハプスブルク家の居住都市となったのです。当時の最も重要な遺産であるグラーツ宮は、皇帝フリードリッヒIII世によって建てられ、皇帝マクシミリアンI世のときに拡張されました。この時代に作られた有名な二重らせん階段は、ヨーロッパでも最も重要なゴシック様式の階段の一つです。
Graz Tourismus
 
 
ブルゲンランド州
 
ハルプトゥルン
皇帝カール6世が18世紀の初めに、今日ブルゲンランド州で最も重要なバロック建築である狩猟兼居住宮殿として造らせました。設計には当時最も人気の高い建築家である、ルーカス・フォン・ヒルデブラントに当たらせました。ヒルデブラントはウィーンのベルヴェデーレ宮殿や多くの宮殿を手掛けていました。その後カール6世の娘、マリア・テレジアのものになりましたが、娘のマリー・クリスティーネ大公女がザクセン・テッシェンのアルベルト・カシミール公と結婚した折に、譲りました。その後の3世紀にわたる宮殿の歴史は、宮殿と庭園と厩舎を巡るガイドツァーによって辿ることができます。
Schloss Halbturn
 
エスターハージー宮殿
中央ヨーロッパで最も美しいバロック様式の宮殿の一つで、エスターハージー候のかつての華やかな生活に触れることができます。宮殿の重要な場所は有名なハイドンホールで、今日に至っても世界の最高の音響を誇るコンサートホールです。他には豪華なダイニングルーム、鏡の間、中国風の小サロンが見どころです。宮殿内には独自のワイナリーがあります。
Schloss Esterházy
 
 
ケルンテン州
 
クラーゲンフルトの州庁舎
ケルンテン州におけるハプスブルク時代の最も重要な遺産で、1574年にケルンテン諸侯のための宮殿として、旧宮殿が火災で焼失した後に建立されました。現在、この優れた建築物はケルンテン州庁舎となっています。最も重要な見どころは、ケルンテン諸侯の665個の紋章と、ヨーゼフ・フェルディナント・フロミラー作の壁画と天井画がある大紋章ホールがです。
Klagenfurt Tourismus
 
避暑地ミルシュタット
ドナウ帝国の貴族たちによって発見された美しい避暑地、ミルシュタットにハプスブルク家と宮廷貴族たちは夏の別荘を建てました。19世紀後半に建てられた20軒の別荘は今も見ることができます。別荘地を歩くと黄色い壁と、緑の窓枠、感じの良い出窓、大胆な塔を持つ大きな家が続きます。世紀末に建てられたこれらの大きな家の中には現在、休暇を過ごすことができる施設になっているものもあります。
ハプスブルク皇帝のフリードリッヒ3世、マクシミリアン1世が授与していた騎士聖ゲオルク勲章が、ミルシュタット修道院が持っていることもあり、ミルシュタットはハプスブルク家と関わりを持っていました。帝室のミルシュタットへの想いに対し、町の上流階級の人たちは伝統的に8月中旬の君主の誕生日を大きく祝っていました。30年前に市の観光協会はこの伝統に目を向け、今日毎年皇帝の誕生日を祝うイベントを行っています。この日は、皇帝万歳をしたい人には当時の衣装が貸出されます。
Millstättersee-Tourismus

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