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グラーツの見どころ

他のどんな街よりも、この街では、楽しみながら、道に迷うことなく「ぶらつく」ことができます。 さあ、散歩に出かけましょう。そして、新鮮な驚きを体感してください。あちこちに新しい発見が待っています。 この旧市街のコンパクトにまとまった雰囲気から、グラーツ市は、国際的にも人々の好感と共感を得ることができ、2003年には欧州文化首都に指定されることもできたのです。暖かい季節になると、道や広場や中庭は、上質なイベントのための素敵な舞台となります。

 © Graz Tourismus - Harald Eisenberger

Graz, Österreich

地図上のGraz, Österreich

中央広場と市庁舎
中央広場と市庁舎はこの街の中心点です。中央広場の真ん中には1878年に造られたヨハン大公像の噴水があります。これは、「シュタイヤマルクの王子」と呼ばれたヨハン大公を追悼するものです。丸屋根、時計、角型の塔を特徴とする市庁舎は、19世紀末から現在まで中央広場にその姿を誇っています。

州庁舎中庭
柱廊をめぐらせた州庁舎の中庭は、イタリアルネッサンスの傑作です(ドメニコ・デラリオ作)。円窓で飾られた建物内には、シュタイヤマルク州立政府の会議室があります。

王宮/二重螺旋階段
ホーフガッセをまっすぐ行くと、フライハイツプラッツ(自由広場)と擬古典様式で建てられた劇場に着きます。王宮の門のすぐ手前には、王宮への入り口(ホーフガッセ15)があり、最初の中庭を突き抜けると二重螺旋階段(1499年)があります。この階段は、ゴシック末期の石公芸術の傑作です(第3棟の脇)。王宮は現在、シュタイヤマルク州立政府の建物として使われています。

ドーム(聖堂)
この聖堂は、皇帝フリードリッヒ3世が1438年から1464年に王宮用教会として造らせました。聖堂の南壁には、小さな張り出し屋根で保護された「苦難の絵」があり、1480年にシュタイヤマルクを襲ったペスト、トルコ人襲来、イナゴの大群という三つの苦難を表現しています。

マゾレウム(霊廟)
皇帝フェルディナント2世は、当時オーストリアの覇者としてグラーツに滞在し、文化史上非常に価値の高いハプスブルグ家の霊廟の一つをグラーツに造らせました。イタリアの宮廷御用達画家であったジョバンニ・ピエトロ・デ・ポミスの設計です。

ムーア川遊歩道とムーア川に浮かぶ島、ムーアインゼル
フランツィスカーナー広場から中欧橋までは数歩しか離れていません。そこから、「ムーア・プロメナード」(ムーア川沿岸遊歩道)へ下りて行ける階段があります。この川辺の道は、ほんの少し休憩したり、あるいは、ちょっと川に足をつけてみたりするのに最適です。
また、2003年、欧州文化首都をきっかけに設計された「ムーアインゼル」は、新たな街のシンボルです。ニューヨークの芸術家ヴィト・アコンチの設計で、この「川辺に浮かぶ貝」が創られました。二本の桟橋によって川の両岸に繋がれており、中には喫茶店と半円形劇場があります。

クンストハウス グラーツ
建築家のピーター・クックとコリン・フルニエがこの印象深い建物を設計し、2003年に建設しました。このムーア川のほとりに建つ新しい現代設計とシュロスベルク(城山)の古い時計塔が生み出す独特のコントラストは、この街の象徴であり、そして、建設的で緊張感溢れる伝統性と前衛性の関係を具現しています。

シュロスベルクと時計塔
この城塞は、全時代を通じもっとも堅固な城塞としてギネスブックにも載っています。19世紀初頭、ナポレオンさえも、この城塞を陥落させることはできませんでした。1809年、ナポレオン軍がウィーンを占領し、首都を破壊するとぞと脅したため、グラーツも降伏したのです。その際に、ほぼ全ての防備施設が破壊されましたが、鐘楼と時計塔だけはグラーツ市民が買い取り、破壊を免れました。
28メートルの塔に掲げられた時計は、1712年来、正確に時刻を刻み続けています。