グラーツの見どころ

何百年にも渡り、シュロスベルク山を囲うようにして街が開け、ゴシック、ルネッサンス、バロック、歴史主義、世紀末芸術様式から現代建築まで、主要な建築様式を素晴らしい建造物に映し出して来ました。

 © Graz Tourismus
おすすめ市内観光ルート

中央広場⇒フランツィスカーナーガッセ⇒フランツィスカーナ教会⇒ノイエ・ヴェルドガッセ⇒ラントハウスガッセ⇒ヘレンガッセ⇒州庁舎⇒武器庫⇒市教区教会⇒オペラハウス⇒トゥンマール広場⇒グロッケンシュピール広場⇒メール広場⇒フェルバー広場⇒アブラハム・ア・サンタ・クララ・ガッセ⇒霊廟と大聖堂⇒王宮⇒ホーフガッセ⇒中央広場⇒ケーブルカー⇒シュロスベルク⇒シュロスベルクプラッツ⇒ムーア川に浮かぶ島⇒エッゲンベルク城

シュロスベルク(城山)と時計塔

街が誕生して今日に至るまで、町の機能とシュロスベルクは切っても切れない縁があります。ムーア川のプロムナードからケーブルカーでシュロスベルクに登ると、13世紀に建てられた高さ28メートルの時計塔があります。この塔の時計は、1712年から現在に至るまで時を刻み続けていますが、この時計には、珍しい二つの特徴があります。

まず、そのひとつは時計の文字盤が直径5.4メートルと巨大であること。そして、もうひとつは、金箔がかけられた針の長針と短針が逆に取り付けられていることです。つまり、この時計では、長針が時間を、短針が分を指しているのです。元来、この時計の針は、一本しかありませんでした。そのお陰で遠くからでも時計が何時を指しているのかが一目でわかったのだといいます。

中央広場と市庁舎

1160年に誕生した中央広場は、街の中心部です。時とともに行商人らの往来が盛んになり、商取引を行う市場へと発達しました。広場の南側にそびえ立つのが市庁舎。1550年に最初の市庁舎が建てられ、その様式はルネッサンス様式でした。1806年に増築されたときに、新古典様式に、さらに1887年に歴史主義様式に大幅な改築が行われ、現在のいくつもの塔がそびえる姿になっています。

広場の中心には1878年に立てられたヨハン大公の記念像があります。大公の足元にかしずく4人の女性像は、旧シュタイヤマルク領を流れていた大きな川(ムーア川、エンス川、ドラウ川、サン川)を象徴しています。広場の周りを囲む豪華なファサードの中でもシュポールガッセの四つ角にある漆喰装飾を豊かに施したファサードを持つルエックハウス(1690年)が一段と際立っています。

州市庁舎と中庭

1160年 1160年に誕生した中央広場は、街の中心部です。時とともに行商人らの往来が盛んになり、商取引を行う市場へと発達しました。広場の南側にそびえ立つのが市庁舎。1550年に最初の市庁舎が建てられ、その様式はルネッサンス様式でした。

広場の中心には1878年に立てられたヨハン大公の記念像があります。大公の足元にかしずく4人の女性像は、旧シュタイヤマルク領を流れていた大きな川(ムーア川、エンス川、ドラウ川、サン川)を象徴しています。広場の周りを囲む豪華なファサードの中でもシュポールガッセの四つ角にある漆喰装飾を豊かに施したファサードを持つルエックハウス(1690年)が一段と際立っています。

武器庫

1643年〜1645年にアントニオ・ソラールによって建てられました。トルコの襲撃に対する武器の常備庫として造られたこの武器庫は、木製の梁天井で4つの階に分けられています。それぞれの広間には、16世紀から19世紀の約3万2,000点の武器や軍需品が納められており、特に16世紀と17世紀のものが充実しています。

今日グラーツのツォイクハウスは、武器庫としての機能を当時から途切れなく保ち続けた世界で唯一のものです。これらの武器は今も使用可能なほど良く保管されていることも興味深い点ですが、時代による流行、使用する人の身分で模様や材質も違うなど、いろいろな発見があって面白いものです。

大聖堂

12世紀に建てられた教会の跡に、1438年から1462年にかけて皇帝フリードリッヒ3世が王宮礼拝堂として、同じ時期に建てられた王宮の向かいに建造させました。この堂々たる後期ゴシック様式のホール状教会の内部には、内陣アーチの左右に置かれている二つの豪華絢爛なルネッサンス式チェストやピエトロ・デ・ポミスによる祭壇画など、数多くの芸術品があります。司教座聖堂となったのは、1786年からのことです。大聖堂の南側の左手、小さな張り出し屋根の下には災難が続いた1480年にシュタイヤマルクを襲った三つの苦難を描いた「国三重苦画」(1485年)が見られます。この後期ゴシックのフレスコ画は現存する最古のグラーツ街図です。 

霊廟

1614年〜38年、ピエトロ・ディ・ポミスとピエトロ・ヴァルネグロによって建てられた皇帝フェルディナンド2世の霊廟は、初期バロックの傑作に数えられます。1687年には、皇帝レオポルド1世がこの内装をフィシャー・フォン・エアラッハに委ねました。内部の飾り漆喰と中央祭壇は、彼による作品です。この建物は、カタリーナ教会と地下礼拝堂で構成されています。霊廟の丸天井には、十字架と帝国の表章が今でも見ることができ、教会と支配者の密接な関係を誇示しているほか、街並みに独特のシルエットをもたらしています。このハプスブルク家最大の霊廟は17世紀前半のオーストリア・マニエリズムを代表する芸術・文化史上、最も重要な建物です。

王宮

大聖堂の向かいにある王宮は、のちの皇帝フリードリッヒ3世(その当時はまだシュタイヤマルク統治者)が1438~52年にかけて建造させ、皇帝になってから何十年もの間、治世の本陣を構えていました。その後、皇帝マキシシリアン1世が拡張しています。1499年に作られたゴシック様式の二重らせん階段は、きわめてユニークで一見に値します。その二重らせん階段は、王宮の奥の中庭に通じる右側通路脇に見られます。王宮の主な部分は19世紀に撤去され、現在は、州知事官邸となっています。

グロッケンシュピール

ここでは毎日3回(11時、15時、18時)アブラハム・ア・サンタ・クララ・ガッセに面したエックハウスの破風にある二つの扉が開き、民族衣装姿の男女の木彫り人形が回転して、仕掛け時計が鳴り響きます。この大きな仕掛け時計は、1903年から1905年にかけて、当時の館主ゴットフリード・シモン・マウラーが作らせたものです。

ムーア川に浮かぶ島

このアイランドは、21世紀の人々のコミュニケーション、レクリエーション、エンターテイメントの場です。建築の傑作であり、きわだつ芸術オブジェとしてもグラーツを訪れる人々の目を引きます。

オペラハウス

ウィーンの有名な劇場建築家であるフェルディナンド・フェルナーとヘルマン・ヘルマーによって1899年に建てられました。建築様式はフィッシャー・フォン・エアラッハ(ちなみに彼はグラーツ出身)にヒントを得たものです。バロックとロココ調の装飾を施された客席ホールは、世界で最も美しく調和の取れたホールの一つといえます。オペラハウスの前に立つ巨大オブジェは、「光の剣」と呼ばれ、1992年芸術祭「シュタイマルクの秋」に際して建立されました。 

エッゲンベルク城

グラーツ市街の西郊外に建つこの城は、皇帝フェルディナンド2世の宮廷顧問であったヨハン・ウルリッヒ・エッゲンベルグ公の居城として1625年建築に着手されました。この四角い建物の四つの塔は四つの季節を、12の門は12ヶ月の月を、365個の窓は1年の日にちを表しています。
美しい公園は、四季折々の美しさを呈し、人々の憩いの場となっています。1673年には、レオポルド1世とチロルのクラウディア・フェリシタスの華やかな結婚式の場にもなりました。1953年以降は、博物館となり、豪華な内部が公開されています(冬期は閉館)
膨大な美術コレクションには日本の屏風「豊臣期の大坂」も含まれています。

2010年8月に世界遺産に登録されました。 

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インタラクティブマップ

 
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ゲゾイゼ国立公園(シュタイヤマルク州)

 
オーストリアの一番新しい国立公園
 
 

日帰り観光プラン(主要都市起点)

 
ウィーン:バーデン、シュネーベルク他
ザルツブルク:ザルツカンマーグート、バードガスタイン他
インスブルック:アーヘンゼー湖、チロルの山村
リンツ:ブルックナーの足跡、ザルツカンマーグート
クラーゲンフルト:ホッホオスタヴィッツの城塞