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クリスマスキャロル「きよしこの夜」

異なる国や文化の人々の心に触れる歌「きよしこの夜」は、平和への最も深き想いと心よりの憧れを表しています。
  • Holy Night Chapel, Oberndorf © SalzburgerLand Tourismus / Eva-Maria Repolusk (Eva trifft.) Holy Night Chapel, Oberndorf © SalzburgerLand Tourismus / Eva-Maria Repolusk (Eva trifft.)
  • Silent Night Chapel © Österreich Werbung / Wolfgang Weinhäupl Silent Night Chapel © Österreich Werbung / Wolfgang Weinhäupl
  • Silent Night Museum in the Arnsdorf Primary School © Stille Nacht Gesellschaft Silent Night Museum in the Arnsdorf Primary School © Stille Nacht Gesellschaft
  • Original Silent Night autograph by Franz X Gruber for organ and 2 violins, 1845 © Keltenmuseum Hallein / no  name Original Silent Night autograph by Franz X Gruber for organ and 2 violins, 1845 © Keltenmuseum Hallein / no name
  • Organ in Arnsdorf © SalzburgerLand Tourismus / Kathrin Gollackner Organ in Arnsdorf © SalzburgerLand Tourismus / Kathrin Gollackner
  • Pokój muzyczny w Muzeum "Cichej nocy" w Hallein © Tourismusverband Hallein/Bad Dürrnberg Pokój muzyczny w Muzeum "Cichej nocy" w Hallein © Tourismusverband Hallein/Bad Dürrnberg
ザルツブルク近郊の町オーベルンドルフにおいて、天の偶然が今や世界中の人々に歌われる名曲を生みだしました。
フランツ・クサーバー・グルーバー は1807年にオーベルンドルフの近くのアルンスドルフという村にやてきて、22年あまり教師を務めました。また、学校の隣にある教会のオルガニスト兼、 管理人として1816年からはオーベルンドルフの教会のオルガニストでもありました。一方、ヨーゼフ・モールはザルツブルクで苦学して学校を出た後、司祭 となり、1817年にオーベルンドルフにある聖ニコラウス教会に副司祭として赴任して1819年まで務めます。その時グルーバーとモールと出合い、二人の友情は大変厚いものでした。
1818年、クリスマスを間近に控えたある日、モール神父が友人のグルーバー教師に、クリスマスのミサの間に演奏さ れるちょっとした曲を一緒に作ろうと提案しました。実は、聖ニコラウス教会のオルガンが「よくない状態」だったからでした。12月24日の朝、モール神父 はグルーバーのもとに歌詞を持ってきて、合唱をともなう2声用の曲をギターの伴奏で作曲してくれるよう頼みました。そしてその夜に、モールがギターを弾い てテノールを受け持ち、グルーバーがバスで自らミサの時に演奏しました。当時の曲には題名もなく、ただのクリスマスソングとして、一回限りの曲となるはずだった のが、後にチロルのツィラータールからマウラッヒャーという人物が、オルガンの修理に来てその曲を持ち帰り、その後チロルで愛唱され、そこからドイツへと渡り、世界へとポピュラーになっていきました。後にはいろいろな伴奏形式による編曲がおこなわれています。

メディアやデータ通信の技術がなかったその時代に、このクリスマスキャロルが完成して間もなくオーストリアの国境を越えて伝わって行った事実は、この歌の秘めた力と共に、歌手でもあった当時の旅商人に因るところが大きかったのです。彼らはこのキャロルをドイツの見本市で歌い、プロイセン国王の王宮で披露し、1854年にはプロイセン宮廷の音楽監督がこのキャロルの楽譜を所望され、それにより作曲者のグルーバーはその創作の歴史を執筆し、その中で1818年のオーベルンドルフでのクリスマス・イヴの詳細な模様が事細かに描写されました。

この曲が生まれたオーベルンドルフは、ドイツと の国境沿いのこじんまりとした町です。街のそばを流れるザルツァッハ川を超えると、そこはドイツです。昔はザルツブルク近郊で取れた岩塩はザルツァッハ川 を船で下り、各地に運ばれていきました。オーベルンドルフはその船乗りたちの集落でした。その町から川に沿って歩いて約15分のところに小さなチャペルが 建っています。その時代はここに聖ニコラウス教会がありましたが、度重なる川の氾濫の危険におかされて、1900~1906年に別の場所にあたらしい聖ニ コラウスが建てられました。そして1937年にその跡に「きよしこの夜」記念礼拝堂ができました。現在はこの記念堂で毎年12月24日17時からのミサで 「きよしこの夜」が歌われ、世界中から人々が参加しています。

詳しくは

きよしこの夜協会
Stille Nacht & Heimatmuseum Oberndorf

また、グルーバーが亡くなったハラインにあるケルト博物館内にもきよしこの夜博物館があり、モールが初演に使用したギターが展示されています。
 
Stille Nachtbr Guber Autograph Notenblatt © Keltenmuseum Hallein / no  name Stille Nachtbr Guber Autograph Notenblatt © Keltenmuseum Hallein / no name

きよしこの夜

画像版権

www.austria.info と www.austriatourism.com の二つのドメインの主要目的は旅行先としてのオーストリアの観光プロモーションです。