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    塩の道を辿る

    かつて「白い金」と言われた塩がザルツカンマーグートを豊かな地域にしました。古の塩の道を通り、歴史上の人物たちの足跡を辿ることができます。ハルシュタットの塩坑を訪れると7000年の文化史が感じられます。

    オーストリアで最も心躍る地域の一つと言われる土地を旅する旅人は、遠い昔の、過酷な労働に耐えた塩坑人夫たち、別荘で優雅な時を過ごした年老いた皇帝、ナチと戦った勇敢な山の住人たちなど、歴史上の人物たちの足跡を辿ることになります。しかし、なぜ映画俳優のジョージ・クルーニーが、これらに関係して来るのでしょうか?
    ヘルムート・トゥーセックさんが、サンクト・ヴォルフガングにある彼の店「ザルツカマー」の店内を案内しながら塩の話をする時、それを聞いているお客さんは、飾りのついた小さな引き出しの中に入っている、ブレンドされた塩のサンプルをすぐにでも味見してみたいという衝動に駆られます。トゥーセックさんは、ザルツカンマーグートで産出した光輝く岩塩の原石を掲げながら、「天然の塩は、ただのナトリウムと塩化物でできている訳ではありません…」と語り始めます。「アウスゼー湖で産出したこのベルクケルンの塩には、少なくとも84種類ものミネラルが含くまれています。これらの成分はすべて、我々の体にも含まれているものです。だから、この塩には、私たちの体を優しく鎮める作用があるのです」。一般に市販されている普通の精製塩とは違い、この透明感のある、赤味がかった金色の塩には、私たちの血圧や血流にマイナスになる作用がありません。また、多くのミネラルを含んでいるため、味わいも豊かで美味しいわけです。

    人は味を試してみるだけではなく、どんな所で採れるのか見てみたくなるものです。さて、その塩を産出する場所は、ヨーロッパの中でも目を見張るような、最も壮大な景色が堪能できる地域の一つに位置しています。物語で名高い白馬亭からほど近い、トゥーセックさんが「白い金」を売っているお店のある、静かなサンクト・ヴォルフガングの町を出発して、いくつかの丘陵と峠を越えると、人々がすでに何千年も前から塩を採掘し、ヨーロッパ中に流通させていた町ハルシュタットに行き着きます。この旅の途中では、次から次へと現れ旅人の目を楽しませてくれるロマンチックな湖沼群や、息を飲む美しい風景など、ザルツカンマーグートの魅力に直接触れることができます。この決して尽きることのない魅力の源は、穏やかな表情の田園風景と近寄りがたいような険しい山岳地帯といった、優しい風景と荒々しい絶景とのコントラストでしょう。永い歴史を持つこのオーバーエステライヒ州にあって、特に人々によく知られた、標高3000mの山の谷間に抱かれ、深い藍色の水を湛える湖の畔に佇む美しい町ハルシュタットには世界最古の岩塩鉱があり、世界中から訪れる人々が絶えません。岩塩鉱山の渓谷には、七千年も続く文化の歴史が今なお脈々と息づいています。

    ハルシュタットは、今日でも塩を産出しています。しかし、現在この岩塩坑を訪れるほとんどの人たちの目的は、楽しみとアドベンチャーです。その中でも、一番人気のアトラクションが塩坑のトンネル内にある、かつては坑夫たちが下の階層へ素早く降りるために使っていた2台の滑り台を、見学者が滑り下りるスリル満点のアトラクションです。ここでは滑走者のタイムを秒単位で計測し、その滑る姿を写真に撮ってくれるサービスがとても人気です。見学者は坑内を見学しながら、塩がなぜ山で採れるのか、どのような方法で採掘されるのかなど、岩塩坑の事が楽しく学べるように工夫されています。約2億4千万年前、超大陸パンゲアが分裂した時に、ザルツカンマーグートの土地は荒れた沿岸に横たわりました。そして、何百万年もの間、干上がった塩の海は火山の噴火や、山の形成や岩盤の変動によって移動し、隆起し、圧縮され、石灰層で覆われました。そこで新しく生まれた山々の内部で、塩は人間に発見されるまで、数千年の間眠り続けていたのです。

    そんな古い時代にも、塩はバード・イッシュルから、トラウン川とドナウ川を経由して、遠くハンガリーやボヘミア、スロベニアの地へと運ばれていたのです。今日、バード・イッシュルは温暖な気候の健康リゾート地として、また、帝国時代のノスタルジーに浸りたい人々のメッカとして、広くその名を知られています。ここはまた、ある意味で皇帝フランツ・ヨーゼフI世にとっての第二の故郷でした。彼の86年間の人生において、実に82回もの夏をこの地の別荘で過ごしたのです。また、バード・イッシュルは、オーストリア最古の塩水温泉です。現在はとてもモダンな設備が整ったウェルネス・スパ・リゾートとして有名で、その塩水泉は呼吸器官、筋骨格系や心臓血管系の健康に効果があると言われています。

    この小さな町を流れるトラウン川とイッシュル川の合流点を出発した旅人は、ペッツェン峠を越えてアウスゼーアーランドという地域を辿り、やがてアルトアウスゼーというこの地域で最も遠い場所にある、静かな村に到達します。この地域で最も岩塩が豊かなサンドリング山が、この村を見下ろしています。ここでの塩鉱ツアーでは、700mも山の内部に入り、深さ350メートルの地層で塩の層に達すると、紫色にキラキラと輝く塩の結晶を見学することができます。

    今日でもこの岩塩坑が、昔の姿のままで現存しているのは、それほど遠くない時代に、数人の勇敢な工夫達がこの坑山を守ってくれたおかげなのです。1944年に、ナチス軍がヨーロッパ中から略奪した6,500点以上の美術品をここに隠しました。その時ここは、あらゆる時代を通して、最も貴重な美術品収蔵庫だったのです。戦争の終結の時を迎え、ナチス軍は坑道を爆破してこれら人類の至宝を破壊しようとしました。しかし、アルトアウゼーの坑夫達がその企てを阻んだのです。レジスタンス活動中の1945年5月、坑夫達は自分たち自身と共に、塩坑の将来を守るために、4つの500キロ航空機爆弾を坑内から秘密裏に運び出し信管を外したのです。その数日後、アメリカ軍がここに進軍し、何十億ドルもの価値がある美術品を無事に保護したのです。

    この史実は、歴史の中の小さな物語かも知れませんが、この小さな村の英雄たちの武勇伝にハリウッドの映画界が注目しても少しも不思議ではありません…。実は、あのハリウッド・スター、ジョージ・クルーニーがこの歴史的なストーリーを題材にし、「The Monuments Men(邦題:ミケランジェロ・プロジェクト)」という映画を製作し、自らが主演し、世界の注目を集めました。

    塩坑 ― ハルシュタット、アルトアウスゼー湖、ハライン

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