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    • 森野美咲、ウィーン
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    ソプラノ歌手が語るオーストリアで得るインスピレーション

    楽都ウィーンを拠点にヨーロッパ、日本のステージに羽ばたくソプラノの森野美咲さんにオーストリアの音楽シーンについて、オーストリアやウィーンの素敵なところ、美味しいものについて聞きました。

    森野さんは2021年夏、ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州エットリンゲン音楽祭で、ワルツ王ヨハン・シュトラウス(1825~1899)の傑作オペレッタ<こうもり>の主役のひとり、アデーレを歌い演じ、10月にはスイス、ルツェルン歌劇場に出演。森野さんが歌ったヨハン・シュトラウスの<こうもり>は1874年にアン・デア・ウィーン劇場(現存するウィーン最古の劇場のひとつ)で1874年4月に初演された。当時の世相やウィーン情緒を映し出すこの愛すべきオペレッタには、ヴィーナリッシュと呼ばれるウィーンの言葉が織り込まれている。

    奥田 佳道: ウィーン/オーストリアのドイツ語とドイツのドイツ語にどんな違いがありますか?
    森野 美咲: 「ウィーン訛りのドイツ語。独特の波のようなメロディがあって、好きです。一般的にイメージされる、少し硬い感じのドイツ語とは違ったふうに聞こえるかも知れませんね。ワルツの2拍目が長いのもウィーン訛りと言っても過言ではないと思います。 ウィーンでよく使う言葉に<Schau ma mal(シャウ・マ・マル)>があります。<ちょっと様子を見てみましょうか>という意味ですが、話が上手くまとまらない時のほか<ま、なるようになるでしょ!>と言いたい時まで、いつでも使えて便利な言い回しですね。 私はこの夏(2021年)、ドイツ南西のエットリンゲンで<こうもり>のアデーレ役を歌いましたが、バーデン=ヴュルテンベルク州にはバーディッシュと呼ばれる、また標準ドイツ語とは全然違う独特の方言があり、知らない土地でその地方の言葉を覚えていくのも楽しみの一つです。今秋にはスイスでも歌いますが、スイスドイツ語は更に全く違うので、今から言葉を覚えるのが楽しみです」。

    東京芸術大学で佐々木典子教授に師事した後、ウィーン国立音楽大学の修士課程を最優秀で終えた森野美咲さん。彼女の師のひとり、ソプラノの佐々木典子さんはザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学とウィーン国立歌劇場オペラスタジオで学び、1986年からウィーン国立歌劇場の専属歌手に迎えられたオーストリア流儀の歌い手だった。

    森野美咲さんは東京での学生時代からオーストリア、ウィーンと縁があったのだ。

    オペラの役ならモーツァルトの<フィガロの結婚>のスザンナ、ジングシュピール(歌芝居)<魔笛>のパミーナ、ドイツ・ロマン派最後の巨匠リヒャルト・シュトラウスの<ばらの騎士>のゾフィー、それにイタリアのドニゼッティのオペラもレパートリーだ。もちろんシューベルトやブラームス、リヒャルト・シュトラウスの歌曲も素晴らしい。2021年春に歌った新ウィーン楽派の始祖シェーンベルク(1874~1951)の<キャバレーソング>でも魅せた。ワルツが絶品だった。そんな抜群のステージプレゼンスを誇る森野美咲さんだ。

    奥田 佳道:

    あらためて伺いますが、オーストリアの良さ、オーストリアらしさとはなんでしょうか?

    森野 美咲:

    「音楽家は移動が多いのですが、オーストリアに戻ってくると、いつも流れる時間や空気がゆったりと感じられ、ほっとします。 ウィーンの人は、人のことを気にしすぎず、自分に正直に生きているのだろうな、と感じます。そんなところが絶妙に心地いいです。オーストリアの良さのひとつですね」 。

    奥田 佳道:

    どんなときに音楽的なインスピレーションを感じますか? またはその場所があれば。

    森野 美咲:

    「ウィーンでの生活のあらゆるところからインスピレーションを受けています。音楽やオペラは普通の生活の中に根差しているものでしょう。 朝の賑やかな市場や優雅なオペラ座でのひととき、路面電車で議論している人たち、公園の芝生に寝そべって勉強している大学生のカップル…。そういう人たちを見て、役づくりの参考にすることもあります。 気分をリセットしたい時は教会に行きます。自然の豊かなところもいいですね。リラックスできるので、ドナウ川やオーストリア随所にある湖には良く出かけます」。

    奥田 佳道:

    ウィーンでお気に入りの場所があれば。またはお勧めを。

    森野 美咲:

    「路地裏のお散歩もお店の発掘も楽しいですよ。 そうですね。ウィーンで時間があれば、ぜひオーバーラー公園Kurpark Oberlaa(10区)に足を延ばしてみて下さい。とっても美しいです。オーバーラー駅前(地下鉄U1の終点)には、チョコムーストルテも美味しいカフェ・オーバーラーの本店があり、隣にはウィーン唯一の温泉プール施設Therme Wienテルメ・ウィーンもあります。どちらも大人気です。近くには地元でつくっているワインが飲めるホイリゲもあって、一日中楽しめます」。

    奥田 佳道:

    もう少しウィーンのお勧め、お好きなところを聞いてもいいですか。

    森野 美咲:

    「はい。カフェはどこも素敵ですが、ゲルストナーのプンシュクラプファルが見た目も可愛らしくお気に入りです。美術館はフンデルトヴァッサーハウスとベルヴェデーレ宮殿のギャラリーが好きです。 ウィーン以外で好きな街はザルツブルク、グラーツ(オーストリア第2の都市)、それにフィラッハ(ケルンテン/カリンシア州)です」。

    奥田 佳道:

    音楽から離れますが、好きな食べ物や飲み物もお願いします。

    森野 美咲:

    「どこのホイリゲにもあるSchwarzwurzelsalatシュヴァルツヴルツェルサラートが好きです。菊ゴボウの柔らかい和え物で、独特の風味があります。家では真似の出来ない美味しさです。召し上がってみて下さい。 あとオーストリアのビールが好き。お勧めは青いラベル、グラーツのプンティガマーです」。

    ヴェルターゼー湖畔のソプラノ歌手 森野美咲
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    ヴェルター湖畔ペルチャッハで開催されているブラームス国際コンクールでも!優勝している森野さん。実は彼女はコンクール以前からヴェルター湖畔と相愛だった。お気に入りの避暑地だったのである。そう、ロマン派の作曲家ヨハネス・ブラームス(1833~1897)のように。

    奥田 佳道:

    森野さんはどんな夏休みを過ごされていますか?

    森野 美咲:

    「私、普段はじっとしていられない性格なのですが、休暇の時はあえて何も予定を立てないようにしています。朝、好きな時間に起きて美味しいものを食べて、泳いで、湖の辺りで一日中過ごします。音楽や歌から一度離れ、頭を空っぽにすることで、また歌いたいという気持ちが芽生えてきますし、新たなインスピレーションも湧いてきます」。

    奥田 佳道:

    ブラームスは風光明媚なペルチャッハで素敵な時間を過ごしましたね。美しいニ長調の交響曲第2番やヴァイオリン協奏曲、それにヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」が紡がれました。

    森野 美咲:

    「ブラームスと言いますと、音楽室で見かける、ちょっとしかめ面で、長い髭の肖像画を思い出しますが、若い頃の肖像画や写真を見ると、かなりのイケメンです。 ブラームスが尊敬した、ブラームスの師と言えるドイツ・ロマン派のロベルト・シューマン(1810~1856)、素晴しいピアニストだったロベルトの妻クララ(1819~1896)。彼らの関係はよく知られていますね。 ブラームスは音楽人生のなかで、大きな葛藤があったと思いますが、それゆえに生まれた、底抜けに明るい歌曲に惹かれます。明るさの中にも、どこか切なさや陰りが感じられるような気がするのです。 日本のわびさびの文化にもどこかで通じているかのような彼の歌曲は、これからも歌っていきたいと思います」。

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    オーストリアで感じる音楽インスピレーション

    かつて、グスタフ・クリムトやグスタフ・マーラーは芸術活動の拠点をウィーンに置き、夏になると避暑地で英気を養いつつ、インスピレーションを得て創作し、リフレッシュしてウィーンへ戻っていきました。インスピレーション、特に音楽のインスピレーションは現代においてオーストリアでどんなところでどのように感じる事はできるのでしょうか。 森野さんがウィーンでの音楽生活において、またケルンテン州のヴェルタ―ゼーという湖の景勝地ペルチャッハで感じる音楽へのインスピレーションを映像で紹介します。

    日本とオーストリアで育まれたソプラノ、森野美咲さんに喝采を。

    森野美咲さんの主な活動:
    ニューヨークを拠点に活躍中の中国人作曲家Du Yunのオペラ(2005年初演)でスイス・デビューを飾る。
    2019年、ウィーン・フィルサマーアカデミーオペラ、モーツァルトの<偽の女庭師>のタイトルロールに抜擢され、2020年にはファーストアルバム<Small Gifts>をリリース。

    インタビュアー:
    奥田佳道(音楽評論家)
    1962年東京生れ。ヴァイオリンを学ぶ。ドイツ文学、西洋音楽史を専攻。ウィーンに留学。多彩な執筆、講演活動のほか、NHK、日本テレビ、WOWOW、クラシカ・ジャパン、MUSIC BIRDの音楽番組に出演。現在NHKラジオ深夜便「クラシックの遺伝子」および日曜朝の「音楽の泉」に出演中。

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