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「きよしこの夜」にまつわる伝説

2018年は「きよしこの夜」が生まれてから200年を迎えます。
その間には、この有名なクリスマスソングの周りにはあらゆる種類の伝説が生まれました。

「きよしこの夜」ほど、世界中に文化財ともいえる一つの歌が定着しているのは稀です。 音楽家と宣教師グループが遠くの地まで布教に旅している間に、この曲は地球の最も離れた場所でも知られるようになりました。 時間の経過とともに、その曲に関係する人々、場所、状況に関するあらゆる種類のストーリーが作られていったのは不思議ではありません。その多くはかなり事実とはかけ離れていました。
逸話や伝説というのは、ある種、魔法のような側面をもち、実際に少しは真実が含まれている可能性があるため、いつまでも消えないのでしょう。 オーベルンドルフのオルガンの故障の原因と言われた空腹のネズミ、というようないくつかの伝説はまだ残っています。 おそらくそれらの伝説は単なる面白い話なのでしょう。 しかし、他の伝説は単に事実を知らないから生まれたにすぎません。 歌の起源と普及について、今も多くの研究が続けられており、常に新しい情報が出てきています。 ここに「きよしこの夜」にまつわるいくつかの話をご紹介しましょう。真実な話もあれば、まったく間違っているストーリーも。 
  • Stille Nacht Kapelle, Oberndorf © TSG Tourismus Salzburg GmbH / no  name Stille Nacht Kapelle, Oberndorf © TSG Tourismus Salzburg GmbH / no name

壊れたオルガンはネズミが原因?

信憑性: 0%

ヨーゼフ・モールが1816年に「きよしこの夜」」の詩を書き、フランツ・クサーバー・グルーバーが1818年にその詩にメロディーをつけました。しかし、なぜギターの伴奏、二つのソロと合唱用に作曲されたのでしょう?本来、ギターはその当時、居酒屋でよく演奏される楽器で、教会には不適当だったはずです。

ありえそうな説明として、ネズミのストーリーが持ち上がりました。ネズミが空腹すぎて、オーベルンドルフの教会オルガンの送風装置をかじったという、貧しい創造力から生まれたものです。問題はなぜ、クリスマス前夜にオルガンが演奏不可能で、ギターに変えられたかということです。真実は、オルガンが演奏できないほど壊れていたのではなく、修理が必要のため、以前からツィラータールのオルガン制作者、カール・マウラッハーに見てもらうよう手配してあったのです。モールとグルーバーは当初から、ミサの後にクリッペ(キリスト誕生シーン)の前で歌う、ギター伴奏の歌を作ると決めていたのでした。

「きよしこの夜」は12月24日のみに歌われるべき?

  • Christmas Eve © SalzburgerLand Tourismus GmbH / Eva-Maria Repolusk / eva trifft Christmas Eve © SalzburgerLand Tourismus GmbH / Eva-Maria Repolusk / eva trifft

真実:  0% と 100%の間

通常、儀式の場合のように、ほとんどの習わしにも厳しい規則があるものです。「きよしこの夜」を歌う「正しい」時期については様々な見解があります。 伝統的な習慣に詳しい人でも、意見が分かれます。

たくさんの国や地域で「きよしこの夜」はクリスマスを迎えるシーズンになると、ラジオなどから流れるこの曲を耳にし、メロディーを口ずさみます。しかしながら、オーストリア・アルプス地方では、言い伝えに従って12月24日にのみに歌うべきという人々がいます。

「きよしこの夜」はミヒャエル・ハイドンが作曲した?

St. Peter's cemetery © Salzburg TourismSt. Peter's cemetery © Salzburg Tourism

信憑性: 0%

「きよしこの夜」の歌詞を作ったヨーゼフ・モールと、作曲をしたフランツ・クサーバー・グルーバーの名は、長年忘れ去られていました。この歌の真の原作者を断定するために、1854年にベルリンのロイヤル・チャペル聖歌隊が、ザルツブルクのサンクト・ペーター修道院に公式な調査を行いました。実際の作曲者は、サンクト・ペーター修道院と親密な関係があったミヒャエル・ハイドンではないかという疑いが出たていたからです。ベルリンからの問い合わせは、恐らく、当時サンクト・ペーターの聖歌隊の少年歌手だったグルーバーの息子を経て、ハラインのフランツ・クサーバー・グルーバーに届けられたと推測されます。

その後に、グルーバーは「クリスマス・ソング、きよしこの夜の正真正銘の起源」と表題を付けた手紙を送りました。この文書の中で、グルーバーはどのようにこの歌が書かれるようになったかを綴っています。それによると、1816年にヨーゼフ・モール司教が、詩の形式で歌詞を書いたと語っています。その二年後、オーベルンドルフで、そこで音楽家として仕事をしていたフランツ・グルーバーへと知り合いになりました。1818年のクリスマス・イヴの午後に、グルーバーはメロディを作曲し、その晩に行われたクリスマス・ミサの後に、モールとグルバーの二人は、「きよしこの夜」の初演を行ったのです。

ヨーゼフ・モールの頭蓋骨は掘り出された!?

Franz Xaver Gruber and Joseph Mohr memorial © Österreich WerbungFranz Xaver Gruber and Joseph Mohr memorial © Österreich Werbung

信憑性: 100%

ヨーゼフ・モールの遺体は、ワグラインの共同墓地に埋葬されました。しかし、彼の頭蓋骨はありません。どうして、このような事が起こったのでしょうか? モールはその生涯を通じて肖像画を作ることを拒んだために、モールの肖像画は一枚も存在しません。1912年に、彫刻家と、ヨーゼフ・ミュールバッハー司教が、モールとグルーバーの記念碑を制作するために、実際にモールの頭蓋骨を掘り出したのでした。

ワグラインにある彼の墓地が探し出され、頭蓋骨が持ち出されました。しかし、記念碑の完成後も、頭蓋骨はワグラインの共同墓地に戻されませんでした。それは、オーベルンドルフの「きよしこの夜記念礼拝堂」の建設まで他の場所に保管され、礼拝堂の建設時にその壁に埋め込まれました。「きよしこの夜記念礼拝堂」が建つ丘の麓には、ミュールバッハー司教の鋳造のレリーフが設置されています。このようにしてモールの肖像は作られましたが、1912年にはまだ頭蓋骨から顔をリアルに復元する技術がまだ発達していなかったので、モールに似せて作ったとされる肖像も、たぶん彼にあまり似ていないのではないかと思われます。

ヨーゼフ・モールは密猟者と取引をしていたのか?

Kirche in Hintersee © SalzburgerLand Tourismus GmbH / Kathrin GollacknerKirche in Hintersee © SalzburgerLand Tourismus GmbH / Kathrin Gollackner

信憑性: 85%

初めての役職として、若いヨーゼフ・モール司教が赴任したのは、ザルツブルク州のヒンターゼーでした。この助任司教の慈悲深さは、人々によく知られていました。彼は貧しい街の住民に対して、常に聴く耳と優しい心を持っていました。

その当時、ヒンターゼーの272人以上の住民が、違法な狩りによりその収入を補っていました。今日でも、モールが子だくさんの貧しい家族に寄贈するために、密猟者から肉を買っていたという話は、今日でも語り継がれています。彼はほとんど何も所有していませんでしたから、この司教代理がこの「禁断の肉」を買うためのお金をどこで得ていたかははっきりわかりません。もしかすると、献金袋から「借りていた…」のではないかと示唆されています。仮にそうだとしたら、モールは警察に通報され、逮捕されるという話になりますが、彼が牢獄で刑期を務めたことはありませんでした。

2018年の「きよしこの夜」のトップイベント

  • ハラインのきよしこの夜ミュージアムがオープン:

    世界で有名な聖歌の博物館が2018年に再オープンします。

    Hallein Silent Night Museum
    2018年9月29日

  • ザルツブルク・ミュージアムの特別展: きよしこの夜200年 – 歴史、メッセージ、存在

    Salzburg Museum
    2018年9月29日~2019年2月3日まで

  • 演劇「きよしこの夜」 - ザルツブルクのフェルゼンライトシューレにて

    Felsenreitschule Salzburg
    2018年11月24日初演

  • ハライン教区教会にてグルーバー・オルガンの奉献: ミサとオルガンコンサート

    Stadtpfarrkirche Hallein
    2018年11月25日 7:30 p.m.

  • ザルツブルク祝祭大劇場にて2018年ザルツブルク待降節コンサートで「きよしこの夜」合唱:

    2018年11月30日(初演)から12月16日の週末
    Ticketservice Salzburger Adventsingen

     

  • リンツ城にて特別展: クリスマスソング

    「きよしこの夜」200年 |  “Es wird scho glei dumper” 135年

    Linz Schlossmuseum
    2018年12月1日~2019年2月2日

  • 「きよしこの夜」音楽イベント: チロルの村、Udernsの700年前からあるSteudlTENN 納屋にて劇とその他のイベントが行われます。

    SteudlTENN Fügen | 2018年待降節の期間

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