映画『ビフォア・サンライズ』を辿る旅
たった一日、それは恋に落ちるのに十分な時間。

フランス人女性とアメリカ人男性の一夜限りの恋を描いた映画『ビフォア・サンライズ ~恋人までの距離~』。映画公開から30周年を記念し、舞台となったウィーンを訪れます。

文:アン・シネ(旅行ライター)

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1.

誰にでも「人生の映画」がある。

歩いているとふと思い出すシーンがあり、誰かの言葉の中に主人公たちの会話がよみがえり、映画の音楽が偶然耳に入ると、またその映画を観たくなる。何度観ても飽きることのない映画。

私にとっては『ビフォア・サンライズ』がそれだ。旅と恋を知っている人なら、きっとこの映画を好きにならずにはいられないだろう。

10年前、初めて世界一周の旅に出たとき、一人の旅人が自分の一番好きな映画だと言ってこの作品をプレゼントしてくれた。

『ビフォア・サンライズ』。

初めて見るこの映画は、旅の間、私が唯一持っていた映画となった。字幕はなくて、英語があまり得意でなかった私は少し困った。「一日」、「ウィーン」、「一緒に旅をする」――そんないくつかの単語だけが耳に入ってきた。

2回目に観たときには、少しだけ文脈がつかめるようになっていた。ブダペストを出発し、ウィーンへ向かう列車の中で偶然出会った二人が、ウィーンを一緒に旅するというストーリー。日の出まで、1日にも満たない短い時間の中でウィーンの街を巡り、恋に落ちる物語。

彼らの会話に加わりたくて、何度も何度も映画を繰り返し観た。列車の中で、飛行機の中で、宿のベッドに横たわりながら、同じシーンを何度も観た。だんだんとセリフや風景が見えてきた。いつか愛する人と一緒にウィーンに旅立とうと心に決めたころ、日常が待つ韓国へ帰る時が来た。

年月とともに、私は映画のことを少しずつ忘れていった。ときどき「一番好きな映画は何ですか?」と誰かに尋ねられることがあるけれど、一つを選ぶのは難しい。でも、「いちばん多く観た映画は間違いなく『ビフォア・サンライズ』」と答えていた。

映画が公開されて20年が経った頃、ソウルのある独立系映画館で、再び『ビフォア・サンライズ』に出会った。そのときようやく、全ての内容を完全に理解できた。

彼らが歩いていた道、トラムから見えた景色、偶然出会った詩人、日が沈むオペラハウスの黄色い照明、レコードショップで耳にした音楽……。たった一日で恋に落ちるのに十分な風景が、そこにはあった。

私はすぐにウィーン行きの飛行機に乗った。あの場所の姿が、今も変わらず残っていることを願いながら。

2.

ウィーンに到着した。ひんやりとした空気が鼻先を刺激する。異国的な街の風景に、足が止まってしまった。まるで誰かが時の水門を閉ざしたかのように、映画の中の景色がそのまま広がっている。まるで私が乗ってきた飛行機がタイムマシンだったのではないかと錯覚するほどだ。

中世からバロック時代、そして現代に至るまで、過去の姿をそのまま残すウィーンの旧市街は、その歴史的価値からユネスコ世界遺産にも登録されている。時間に屈しない場所があるのだと、この街に来て初めて気づかされた。

ウィーンで過ごした1週間、昼間は映画の中でセリーヌとジェシーが訪れた場所を巡った。ともに音楽を聴いたレコードショップ、偶然立ち寄った美しい教会、ドナウ運河、そしてカフェハウスまで。映画のシーンに映し出された美しさに感嘆しながら、彼らのようにあてもなく街を歩いた。足の向くままに歩いた先すべてが美しかった。どこもが旅の目的地となり得た。

この街を旅したら、たった一日で恋に落ちても何ら不思議ではない──そんなロマンスが、あらゆる場所に息づいている。

そして、この美しい街に暮らす人々を目にした。

通りを行く人々は、スマートフォンの世界に没頭していなかった。ストリートのソプラノ歌手の音楽に耳を傾け、冬の美しさに感嘆し、互いに目を合わせて会話を交わしていた。タブレットを見ながら食事をする、あの見慣れた光景はここにはなかった。

一日を汲み上げた数えきれないほどの物語を語り合いながら過ごす夜。私はそれを「愛」と定義した。他者や世界への関心と表現、美しさを十分に受け入れる姿勢、それを分かち合うすべての行為。夕暮れの通りには、愛があふれていた。20年前、ジェシーとセリーヌがそうであったように。

夜になると、私は家の近くの小さなバーを巡った。そこでたくさんの人々に出会った。舞台俳優、シェフ、留学生、ミュージシャン。この街に滞在する人々はウィーンを愛し、彼らが愛するウィーンを惜しみなく語った。隠れたバーへ連れて行ってくれたり、自分で作った料理をご馳走してくれたりした。「絶対に行くべき場所」を、耳にタコができるほど語ってくれた。彼らがウィーンを見せてくれるそのやり方が、私は好きだった。

あっという間に一週間が過ぎ、去りゆく列車の中で、私はウィーンに恋をしてしまったことを認めた。いつか、大切な人を連れて、もう一度この街に来ようと心に決めた。

映画のラストで、美しいウィーンの街並みを背に別れを惜しむセリーヌに、ジェシーはこう告げる──「思い出のない別れこそが、最悪の別れだ」と。

映画の中では別れを選んだ二人だったが、それでも互いへの想いを抱き続けたのは、たとえたった一日でも、一生心に刻まれるような思い出を作ったからだろう。それは、ただ歩くだけでも思い出が溢れ出すほどに美しい街、ウィーンだったからこそ可能だったのかもしれない。

監督がウィーンを舞台に選んだのも、ある意味で必然だったのだろう。恋に落ちるには、あまりにも美しすぎる街だから。

私にとっても、ウィーンは「愛の街」として、これから先ずっと心に残る特別な場所になるだろう。

『ビフォア・サンライズ』撮影地探訪

その他主な撮影地
  • ウィーン西駅 (Westbahnhof)
    セリーヌとジェシーの物語の始まりであり終着点となった駅。その後、大規模な改修工事が行われ、現在は映画撮影当時とは異なる姿になっている。

  • マリア・アム・ゲシュターデ (Maria am Gestade)
    ゴシック様式の美しい静かな教会。二人が静かに語り合う、印象的なシーンが撮影された。

  • フランツィスカーナー広場 (Franziskanerplatz)
    占い師と出会うカフェ「Kleines Café(クライネス・カフェ)」がある、こぢんまりとした広場。

  • シュピッテルベルク地区 (Spittelberg)
    石畳が続く、芸術的な雰囲気が漂うエリア。二人が夜の街を歩くロマンチックなシーンが撮影された。

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