セセッシオン(分離派)結成130周年
Introduction
グスタフ・クリムトは、1897年にコロマン・モーザー、ヨーゼフ・ホフマン、ヨーゼフ・マリア・オルブリッヒらと共に保守的な芸術家協会を脱退し、セセッシオンの名前で新たな造形芸術家協会を結成しました。2027年はウィーン分離派(Wiener Secession)が結成されてから130周年を迎えます。翌年1898年には、ユーゲントシュティール様式を代表する同名の建物、セセッシオン(分離派会館)が完成しました。
ウィーン分離派の活動
1897年4月に生まれたウィーン分離派には絵画、彫刻、工芸、建築などの芸術家が参加し、クリムトらは分離派での活動を通して新しい総合芸術を追求していきました。
1898年に第1回ウィーン分離派展(正式名はオーストリア造形芸術家協会展)を開催し、また1899年には機関紙「ヴェル・サクルム」を創刊しました。独自の展示施設「セセッシオン」館を持つウィーン分離派は、クリムトが1905年に脱退する8年の間に23回もの展覧会を開催しました。
クリムトが脱退した後も分離派の活動は続きましたが、美術史上に残るのは主として 1897年~1905年 の活動です。
Introduction
1898年にヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの設計によってナッシュマルクトの近くに建てられた「セセッション」はユーゲントシュティール(ウィーンのアール・ヌーヴォー)を代表する最も有名な建築のひとつです。その名称は、グスタフ・クリムトやヨーゼフ・ホフマンといった若きクリエイターを中心とする芸術家集団「ウィーン分離派(Wiener Secession)」に由来しています。保守的な「キュンストラーハウス(芸術家協会)」から独立した若きクリエイターたちのために、グスタフ・クリムト自身も1897年にこの新会館の設計案を2つ提出しました。白と金色のこの建物は、現代美術に特化した中欧初の展覧会場として現在に至るまで先駆的な役割を果たしています。建物の上に設置された、月桂樹の葉をモチーフにした金色に輝く球形(通称「金のキャベツ」)はセセッシオンのシンボルであり、遠くからも良く見えます。現在ではウィーン観光の目玉の一つとなっているこの建物は、建設当時、市民の間では、見たこともない奇妙な形に戸惑いとともに大きな話題を呼びました。
ファサードに掲げられたモットー「時代に芸術を。芸術に自由を」
月桂樹は、セセッション館を象徴するモチーフです。正面のピラスターや玄関のニッチ、側面のファサードなど随所にあしらわれ、直径8.5メートルのドームは、2500枚の金箔を施した月桂樹の葉と311個の果実で覆われています。
エントランスには建築・彫刻・絵画を象徴する3つのゴルゴンの頭部、側面にはフクロウが配されています。いずれも知恵や勝利、芸術・工芸を象徴するパラス・アテナに結びつくモチーフで、オルブリヒはこれらを独創的な形で建築に取り入れました。
ベートーヴェン・フリーズ
セセッシオンの黄金のドームは遠くからでもよく目立ちますが、近づくほどにその魅力がいっそう際立ちます。ユーゲントシュティール様式を象徴するこの建物のファサードには、「時代には芸術を、芸術には自由を」と刻まれています。グスタフ・クリムト、ヨーゼフ・ホフマンなど、ウィーン・モダニズムの芸術家たちによって創設されて以来、セセッシオンは美術展の輝かしい舞台となってきました。
ベートーヴェン・フリーズは、このユニークな建物の中にあります。この34×2メートルの芸術作品は、1902年、グスタフ・クリムトによって制作されました。 グスタフ・クリムトがベートーヴェン没後75周年を記念して制作したものです。リヒャルト・ワーグナーによるベートーヴェンの交響曲第9 番の解釈、すなわち「人類の幸福への探求」に着想を得ています。この3部構成のフリーズは、当初は記念展のための装飾画としてのみ制作されました。その後、紆余曲折を経て、 ベルヴェデーレ宮殿、そして1986年にはセセッションに恒久的に移設されました。
その他のウィーン・モダニズム
ウィーン工房
ウィーン工房は1903年にヨーゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーらによって設立され、家具、日用品、繊維製品、ジュエリー、壁紙に至るまでエレガントな工芸品を造ってヨーロッパや海外にも輸出しました。
ウィーン工房で活躍した女性デザイナー、上野リチ
上野リチは、ヨーゼフ・ホフマンに学び、ウィーン工房で活躍したデザイナーです。1925年に日本人建築家・上野伊三郎と結婚して京都へ移住した後も、ウィーン工房とのつながりを保ちながら活動を続けました。彼女の色彩豊かで自由なデザインは日本でも受け入れられ、ウィーンと京都、二つの文化を結ぶ独自のデザインを生み出しました。
ストックレー邸
ヨーゼフ・ホフマンが1905~1911年にブリュッセルに建設した、ウィーン・モダニズムを代表する建築。ウィーン工房の芸術家たちが内装や家具を手がけ、グスタフ・クリムトは食堂を飾るモザイク・フリーズのデザインを担当。建築、絵画、工芸、家具を一体化した「総合芸術」を体現したもの。
マジョリカハウス
建築家オットー・ワーグナーが1898~1899年にウィーンのリンケ・ウィーンツァイレに建てた集合住宅。色鮮やかな花模様の陶製タイルで彩られたファサードは、ユーゲントシュティールを象徴するデザインとして知られています。
シュタインホーフ教会
オットー・ワーグナーが設計した、ウィーン・ユーゲントシュティールを代表する教会。分離派の創設メンバー、コロマン・モーザーが手がけたステンドグラスをはじめ、建築から内装まで統一された斬新なデザインが特徴です。