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    • Mole West on Lake Neusiedl
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    2021年はブルゲンランド建州100周年

    オーストリアの東端に位置するブルゲンランドは州として誕生してから2021年は100周年を迎えます。オーストリアで一番若い州は、どのように誕生したのでしょうか。

    建州100周年を祝い、包括的な特別展が夏からシュライニング城で開催され、展示品、写真、エピソードから、かつてのブルゲンランドが洞察できます。大規模な特別展のほか、数多くのイベントやプロジェクトが実施され、多彩なブルゲンランドが紹介されます。

    成り立ち

    1918年、第一次世界大戦が終わりオーストリア=ハンガリー帝国が解体され、オーストリアとハンガリーはそれぞれ共和国樹立を宣言しました。そしてドイツ語を話す少数派が住むハンガリー最西端の地域は、オーストリアに属することが決まりました。ただ誰しもが同意したわけではなく、その後もこの地を巡ってオーストリアとハンガリーの紛争が起きました。1921年10月ヴェネチアで平和的解決が合意されましたが、紛争中の地区では12月に国民投票が行われエーデンブルク/ショプロンはハンガリーに留まることが決定されました。こうしてようやく1923年3月に新たな国境が引かれました。

     

    ブルゲンランドの名前の誕生

    ドイツ/ハンガリー地域は、プレスブルク、ヴィーゼルブルク、エーデンブルク、アイゼンブルクの4つの郡に分かれていました。最初は「フィアブルゲンランド=4つのブルクの州」と提案されましたが、4つの内、プレスブルクはチェコスロヴァキア領へ、ヴィーゼンブルクとアイゼンブルクはハンガリー領となったため、名前は4を取り「ブルゲンランド」に決まりました。

     

    アイゼンシュタットが州都に

    当初州都にはエーデンブルク/ショプロンがなるはずでしたが、ハンガリーに残ることになったので、次はマッタースブルク、ピンカフェルト、サウアーブルン、アイゼンシュタットの4都市が手を挙げました。当分の間、州政府はサウアーブルンに、州議会はアイゼンシュタットに置かれ、3年間にわたり4つの都市間で州都を巡って協議されました。1925年、数回の投票の結果、アイゼンシュタットが州政府と州議会が置かれる地、と決まりましたが、人々はエーデンブルクへの希望を捨てきれなかったため、州都という言葉はまだ使われませんでした。1965年に初めて市憲法で、また1981年にようやく州憲法で州都という言葉が盛り込まれました。

    View of Burgenland

    ブルゲンランドの地理

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    • 距離
      南北166km、東西5kmしかない地域もある細長い形状
    • 面積
      3,965㎢
    • 北部
      パンノニア平原の西部に位置し、平坦な地形
    • 中部・南部
      標高が879mまでの山間部
    • 州境
      ニーダーエステライヒ州とシュタイヤマルク州
    • 国境
      スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニア

    年代別に見る歴史

    1918年 第一次世界大戦敗戦によりオーストリア=ハンガリー帝国が解体、11月にオーストリア共和国誕生

    1919年 サン・ジェルマン条約および1920年トリアノン条約に基づきハンガリー王国から割譲、プレスブルク、ヴィーゼルブルク、エーデンブルク、アイゼンブルクの4つの郡からなる「フィアブルゲンランド」(4つの城の州)という名前を提案

    ところがプレスブルク(ブラティスラヴァ)がチェコスロヴァキア領に、ヴィーゼンブルクとアイゼンブルクはハンガリーへ編入されたため、4つのブルクではなくなりました。

    またこの地は、歴史的に東方からの異民族襲来に備えて多くの城砦(ブルク)が存在したため、名称に城を残し、複数の城のある州「ブルゲンランド」となった。

    中世以降ドイツからの移民が多い地域でオーストリアが領有することになりましたが、ハンガリーと領地争いが起きました。

    1921年8月 領土引き渡し前にハンガリーからの義勇軍とオーストリア軍が衝突

    1921年10月 イタリアの仲裁によりヴェネツィア議定書で一部地域で帰属を問う住民投票を実施、ブルゲンランド州の州都になる予定だったエーデンブルク(ショプロン)周辺地域がハンガリーへ割譲、他の地域がブルゲンラント州となりました。

    ブルゲンランドの人々、生活

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    • 人口
      294,436人(2020年)
    • 言語
      ドイツ語、ブルゲンラント・クロアチア語、ハンガリー語、クロアチア語(多い順)
    • 州都
      アイゼンシュタット
    • 産業
      農業(主にトウモロコシ、ワイン)、風力エネルギー産業
    • ゆかりの音楽家
      ハイドン、リスト

    1921年12月5日ブルゲンランドがオーストリアの9番目の州になりました。2021年は100周年を迎えます。

    1925年 様々な変遷を経てアイゼンシュタットが州都に決定

    1938年 ナチス・ドイツによるオーストリア併合により、ブルゲンランド州はニーダードナウ大管区とシュタイヤマルク大管区に分割統合

    1945年~ 第二次世界大戦後、ブルゲンランド州の領域はソビエト連邦の占領下に。

    1955年 オーストリア国家条約調印により、オーストリアが独立を取り戻した際、ブルゲンランド州が復活

    1956年 ハンガリー動乱時に多数の難民が流入

    1989年6月27日 オーストリア外相アロイス・モックとハンガリー外相ホルン・ジュラはブルゲンランド州クリンゲンバッハにて国境の有刺鉄線を切り、さらに鉄のカーテンに穴が開けられたことになりました

    1989年8月19日 ショプロンで「汎ヨーロッパ・ピクニック」を実施、ハプスブルク家末裔のオットー・フォン・ハプスブルクのイニシアチブで、ピクニックと称して集まった東ドイツ市民600人以上が西側に脱出できたことは、ベルリンの壁崩壊への布石となりました。

    2001年ノイジードラーゼー湖の文化的景観が世界文化遺産に登録されました。

    主な観光地とイベント

    Sailing on Lake Neusiedl
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    ノイジードラゼー湖

    ノイジードラーゼー湖を含め地域一体が世界文化遺産に登録されています。ゼーヴィンケルをはじめとする湿地帯と水辺の葦原は野鳥や野生動物のオアシスです。バードウォッチング、ヨットに、サイクリング、水泳など様々なアクティビティが人気です。また広い湖の水平線に沈む夕陽の美しさは格別で、ウィーンから夕陽を見に仕事が終わってからドライブでやってくるカップルも多いほどです。

    詳しくは
    Gans Burgenland Genuss Festival at Rust / Rust, Burgenland
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    ルスト

    ブルゲンランド州のワインの一大生産地でワイン・アカデミーが開かれています。ワイン生産とワイン販売で得た富を引き換えに皇帝から1681年都市自治の特権を認められた。1921年にアイゼンシュタットと共に憲章都市となりました。小都市として最も美しいものの1つであるルストの旧市街エリア全体は、現在保存建造物に指定されています。16〜19世紀に建てられた多くの建物には、美しい窓とポータルフレーム、出窓、紋章、漆喰の装飾が施された、手入れの行き届いたバロック様式またはルネッサンス様式のファサードがあります。1975年にストラスブールの欧州評議会の全権大使によって、自由都市のルストがザルツブルクとクレムスとともに、ヨーロッパ遺産保護年のモデル都市として選ばれたとき、多くの都市とは異なり、小さな町が意図的に選ばれました。2001年、ルストの旧市街はノイジードーラーゼ湖地域とともにユネスコの世界遺産に登録されました。 Rustは、「ブルゲンラントで最も美しい都市」としての保存記念碑と文化への取り組みが評価され、すでに数回の賞を受賞しています。夏にはコウノトリが農家の煙突に巣を作り、観光名物になっています。漁師の教会、フレスコ画も見どころです。

    詳しくは
    Esterhazy Palace
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    州都アイゼンシュタット

    州都はエスターハージー侯とハイドンの街。豪華なエスターハージー宮殿、音響が素晴らしハイドンホール、エスターハージーワインとグルメ、と一日楽しめます。

    中心街にはハイドン博物館とハイドンの墓所があるベルク教会は必見です。ハイドン・フェスティバル、コンサートも時期に合わせてお勧めです。

    詳しくは
    Seefestspiele Mörbisch
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    メルビッシュ

    メルビッシュはウィーンから南東へわずか60kmのところにあり、ロマンチックな風景が広がるノイジードラーゼー湖畔で夏に行われる音楽祭には世界中からオペレッタやミュージカルファンがやってきます。ワイン造りの村。

    詳しくは
    Exterior view of Forchtenstein Castle / Burg Forchtenstein
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    フォルヒテンシュタイン城

    パウル・エスターハージー侯は高価な時計、様々な仕掛けもの、珍しい品々を数多く収集しました。お勧めは最も古く大きな銀製家具のコレクションです。このようなコレクションはヨーロッパの他の国にもありましたが、戦争の際にすべて溶かされ、残っているのは大変貴重です。また、繊細な象牙細工も見ものです。

    詳しくは
    View of Burgenland
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    シュライニング城

    南ブルゲンランドの穏やかな丘陵地帯に囲まれたシュライニング城は、12世紀~13世紀に建てられ、シュタットシュライニング村の中心部にそびえています。騎士ホールやフェスティバルホール(グラナリウム)はイベントやセミナーに利用されています。また、ロマンチックな中庭を持つ城は、結婚式場としても人気があります。2021年のブルゲンランド州100周年特別展に向けて大改装。

    詳しくは
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    ブルゲンランド100年について詳しくはこちら(ドイツ語)

    ブルゲンランド州観光局公式ページはこちら

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