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    レハール音楽祭とバート・イッシュル

    オペレッタのゆかりの地、ザルツカンマーグートの中心地、バート・イッシュルで毎年、7月中旬から8月末にかけ行われるレハール音楽祭では、オペレッタがたっぷり楽しめます。
     

    オペレッタの作曲家、フランツ・レハールはカールマンと共に、二つの世界大戦の間のウィーンオペレッタのシルバー時代を作り上げました。レハールは別荘を持っていたバート・イッシュルの名誉市民であり、この風光明媚な町にはオペレッタの黄金時代とシルバー時代の多くのオペレッタファンが別荘を持っていました。この音楽ジャンルに敬意を払い、1961年に設立されたバート・イッシュル・オペレッタフェスティバルは2004年にレハール音楽祭という新たな名前になりました。
    バート・イシュルはオペレッタの町としてますます重要になり、レハール音楽祭は、国際フェスティバルのカレンダーの一部になりました。
    会場であるクアハウスは、建物の歴史的構造を考慮しながら2年間にわたる大規模な改修を行い、新しいコングレス&シアターハウスとなり1999年に正式にオープンしました。シアターホールは、550席を持ち、最新の音響と照明システムと備えています。

    バート・イッシュルのレハール・ヴィラは現在も博物館として5月から9月下旬まで見学することができます。また音楽祭が開かれるクアパークには、レハールの胸像が飾られています。 風光明媚なオペレッタの町、バート・イッシュルで、音楽祭を楽しみ、レハールの足跡を訪ねてください。
     

    2020年のプログラム

    2020年は、レハールの生誕150周年です。これを記念して今年のプログラムには、「きみはわが心のすべてDein war mein ganzes Herz ー レハールの人生と音楽」が初演に登場します。レハールの最も人気のこの曲が、新しい感動的な作品となって、世界的に有名な作曲家フランツ・レハールの人生と苦しい時代の音楽活動に思いを馳せていきます。
    オペレッタの有名な歌手と、フランツ・レハールオーケストラが演奏します。
    公演日:2020年8月14、16、19日

    「チャールダッシュの女王」
    エメリッヒ・カーフマン作曲
    2020年7月11日~8月30日

    「ルナ」
    パウル・リンケ作曲
    2020年7月18日~8月29日

    詳しい日程とチケットはこちら

    皇帝に愛された街、バート・イッシュル

    名高い温泉保養地バート・イッシュルには、昔はヨーロッパ中から王侯貴族や文化人が集まってきました。レハールばかりではなく、ブラームスも1889年~1896年までここに住み、ドイツ・レクイエムなどを作曲しました。町の中心に、美しい庭園のクアパークがあり、夏のレハール音楽祭が開かれるコングレス・シアターハウスが建っています。
    駅前には温泉施設のユーロテルメリゾートがあります。バート・イッシュルは、1929年に健康リゾートの地位を与えられました。療養のための温泉地として、バート・イッシュルは175年以上も役割を果てしてきました。近隣の森、のどかな牧草地、美しい山並みとすばらしい環境に恵まれたこの地は、世紀の変わり目以来、ハイキングのデスティネーションとしても人気があります。

    この街を訪れたら、有名なカフェ・ツァウナーのコーヒーとケーキと、夏のレハール音楽祭は、見逃せないすばらしい体験です。
    町の北側の森に建つカイザーヴィラは大公妃ゾフィーから皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリザベートへの贈物で、約60年間夏の御用邸として使われました。別荘の見学はガイドツアーでのみ可能です。

    フランツ・レハール(1870 - 1948)

    オペッレッタの作曲家。「メリー・ウィドウ」「ほほえみの国」など30曲余りのオペッレッタを作曲、世界的成功を収めた。
    軍楽隊の指揮者の息子としてハンガリーに生まれたレハールは、典型的な帝国の落とし子でした。彼は、プラハの音楽院に通い、ウィーンに落ち着くまでは、軍楽隊の指揮者として帝国内を隈なく演奏してまわりました。知的には、彼は完全なウィーン人になりましたが、彼の音楽の霊感は、現在のオーストリア、ハンガリー、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィアにあたる帝国内のあらゆるところから得ました。彼の「メリー・ウィドゥー」は、同時代のオペラ作品が持っていた華やかさと力強さ、輝きを軽オペラの間のギャップに埋めました。このオペレッタで、彼はたちどころに有名になり、またとても裕福になりました。覚えやすい彼の3拍子の歌もまた、彼の強い面のひとつでした。

    帝国の崩壊した後、レハールは郷愁に駆られて作曲し、大きなオペレッタの作品をいくつか作りましたが、それらは皆、メランコリックな雰囲気に満ちていて、男の子の破局は愛する女の子と一緒になれない、という具合にハッピーエンドにならにものばかりでした。「ジュディッタ」で、彼は再度オペラの様式と規模に挑戦しています。

    1939年、湖水地帯のザルツカンマグートにある温泉保養地、バート・イッシュルの別荘に退きました。ここは、かつて19世紀の大半を王室が避暑地として過ごした場所で、彼もそこで余生を送りました。その別荘は当時のまま残されており、今は博物館となっています。

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