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    • Gosausee-Dachstein
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    ザルツカンマーグートはビーダーマイヤー時代の人気の避暑地

    ザルツカンマーグートは、ビーダーマイヤー時代の人気のリゾート地です。18世紀から19世紀への変わり目にあたるビーダーマイヤー時代には、上流階級たちの間で自然を体験するために避暑地へ赴くというが人気でした。自然に対する考え方は画家や音楽家、科学者たちの間でも創造性に刺激を与え、新しいライフスタイルが誕生しました。

    フェルディナンド・ゲオルグ・ヴァルトミュラーとは、どんな画家だったのでしょう?

    ヴァルトミュラーは1793年にウィーンで生まれ、1865年にウィーンのすぐ近くのヒンターブリュールで亡くなりました。彼はウィーンの美術アカデミーで学ぶために、14歳で両親のもとを離れました。仕事を始めた頃には、食い扶持を稼ぐために、当時の裕福なブルジョワジーの間で非常に人気があったポートレートの細密画を描いていました。アグラム(現在のザグレブ)で、ギュラレイ伯爵の絵の家庭教師を務めましたが、そこで画家は最初の妻となる女性、宮廷オペラ歌手カタリーナ・ヴァイドナーと出会いました。二人は一緒に公演旅行に出かけ、ブルノ、プラハ、バーデンを巡り、その後再びウィーンへ戻りました。この公演旅行でヴァルトミュラーは、舞台や小道具の絵を描く画家として稼ぎました。ウィーンに戻ってからは、肖像画家として貴族より委託を受けるようになりました。キャリアの中で一番の仕事は、皇帝フランツ・ヨーゼフI世の肖像画を描くことでした。

    •                 Shipping on the Wolfgangsee in Strobl
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    • 旅行

      ヴァルトミュラーの初めての旅はイタリアとフランスで、絵の才能はそれらの国で次第に認められていきました。ザルツブルクの湖水地方で一夏を過ごすことは、当時の流行でした。ヴァルトミュラーは湖水地方の美しいパノラマビューや素晴らしい山々と湖の景色を不滅のものとして絵画に納めるために、よくここを訪れています。今日、ザルツカンマーグートの景色を描いた絵画は各地の美術館で公開されています。

          hiking around the Gosau lakes (Vorderer Gosausee)
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    • 職歴

      ヴァルトミュラーの重要な職歴のなかで、美術アカデミーの審議会のメンバーに任命されたことは、栄誉に浴し有終の美を飾ることになりました。しかし、組織を改善しようとする彼の取り組みは歓迎されず、終身在職権は停止されてしまいました。

          ダッハシュタインとゴーザウゼー、フェルディナンド・ゲオルク・ヴァルトミュラー
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    • 経済的困難

      二度目の結婚で、ウィーンで婦人帽子職人をしていたアンナ・バイヤーを妻にした頃の経済状態は悲惨でした。自らのギャラリーを借りるお金がないために、妻の帽子工房の一部を画廊として兼用しました。ヴァルトミュラーは最後の成功が訪れるまでは、個人的に学生に絵を教えながら、なんとか食いつないでいました。

          rowboat at lake (Vorderer Gosausee)
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    • 世界的名声

      バッキンガム宮殿での展覧会、ケルンの歴史芸術展や、ロンドンの国際美術展への参加によって、やがて彼にふさわしい世界的な名声を得ました。亡くなる一年前、皇帝フランツ・ヨーゼフI世によって、オーストリアの貴重な画家として公式に認められました。

          Exhibition view Hundertwasser - Schiele, Imagine Tomorrow
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    ルペルト・フォイヒトミュラーの著書「フェルディナンド・ゲオルグ・ヴァルトミュラー」からの引用

    • 「1932年、フェルディド・G・ヴァルトミュラーは、ビーダーマイヤー時代のアルプスの風景画で最も好まれたモチーフの一つ、ゴーザウゼー湖へ旅に出かけました。ここを訪れたビーダーマイヤー時代の画家の中では、ヴァルトミュラーが最後の画家かも知れません。彼の芸術的目標は、それまでここを訪れた芸術家たちとは違っていました。彼より若いガウアーマンとは違い、山々や牧草地での生活の様子や、シュタインフェルトが描いた光の効果のことなどは気にかけませんでした。ヴァルトミュラーの狙いは物語を語ることではなく、自然そのものを捉えること、ダッハシュタイン山の有名な風景をそのまま描くことだったのです。 

      ガウアーマンが朝の優しくやわらかい光を好んで描いたのに対して、ヴァルトミュラーはダッハシュタイン山の雪の斜面を赤く染める夕陽を選んで描きました。夕陽は岩山の岩肌に微かに赤みを帯びた光を降り注ぎます…。

    • 「1932年、フェルディド・G・ヴァルトミュラーは、ビーダーマイヤー時代のアルプスの風景画で最も好まれたモチーフの一つ、ゴーザウゼー湖へ旅に出かけました。ここを訪れたビーダーマイヤー時代の画家の中では、ヴァルトミュラーが最後の画家かも知れません。彼の芸術的目標は、それまでここを訪れた芸術家たちとは違っていました。彼より若いガウアーマンとは違い、山々や牧草地での生活の様子や、シュタインフェルトが描いた光の効果のことなどは気にかけませんでした。ヴァルトミュラーの狙いは物語を語ることではなく、自然そのものを捉えること、ダッハシュタイン山の有名な風景をそのまま描くことだったのです。 

      ガウアーマンが朝の優しくやわらかい光を好んで描いたのに対して、ヴァルトミュラーはダッハシュタイン山の雪の斜面を赤く染める夕陽を選んで描きました。夕陽は岩山の岩肌に微かに赤みを帯びた光を降り注ぎます…。

    ザルツカンマーグートの当時と現在

    Kaiservilla, Bad Ischl / Bad Ischl
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    皇室の人々が夏を過ごしたザルツブルク湖水地方

    ザルツブルク湖水地帯はオーストリアの3つの州に渡っています。ザルツブルク州のフラッハガウ地域、オーバーエステライヒ州のグムンデン地域、シュタイヤマルク州のアウスゼーランド、すべてドイツ語で言うところの「ザルツカンマーグート地域」の地理的中心にあります。「カンマーグート」とは、15世紀における土地を表す言葉で、その地方の統治者が所有していました。この地域の名は、1000年以上も前からこの土地に大きな利益をもたらしていた塩「ザルツ」の鉱床に由来しています。

    ハプスブルク家の人々が、この地域の山の新鮮な空気を求めてこの地を訪れ、夏を過ごすようになって以来、ウィーンのすべての貴族階級の人々がそれに倣い、ザルツブルク湖水地方を訪れるようになりました。それにより、バート・イッシュル、バート・ゴイセルン、ゴーザウゼー湖、その他多くの湖や町は、アルプスの美しさと皇室の華麗さに包まれて、ワルツのリズムと共に高度の文化がもたらされ輝きを放ちました。

    SchafbergBahn at the top station
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    休暇を過ごすための人気景勝地の昔と今

    鉄道路線の拡張と新設のフェリー航路もまた、裕福なブルジョワジーたちを惹きつけ、ザルツカンマーグート地方は、その当時の上流社会の最初の、そして最も愛された避暑地となりました。ハプスブルク家と宮廷は、ヨーロッパのすべての皇族とは、互いの友人や家族の招き合いを通じて、家族ぐるみの付き合いがあり、この地方の評判はオーストリアの国境を遥かに超えて、各国へ拡がっていきました。

    それが、ザルツカンマーグートのさまざまな景色を描いていたビーダーマイヤー時代の風景画や肖像画で有名な画家たちに対する絵の注文へとつながり、当時、彼らの絵画は必ずウィーンやパリやベルリンのサロンを飾っていました。

    • ダッハシュタインとゴーザウゼー、フェルディナンド・ゲオルク・ヴァルトミュラー
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      当時

    • Salzkammergut: Dachstein Gosausee
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      現在

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    Leopoldmuseum Vienna
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    レオポルド美術館

    ウィーン人であるルドルフとエリザベート・レオポルド夫妻は、熱烈な美術品コレクターでした。眼科医としての仕事のとは別に、1950年代から収集し始めた19世紀から20世紀のオーストリアの芸術家たちの作品コレクションは、5000点以上にもおよびます。例えば、エゴン・シーレのコレクションは個人所有のものとしては世界最大級のものです。夫妻がシーレの絵画を収集し始めた頃は、一般的にシーレの作品は敬遠されていたため、比較的に低い価格で購入できました。このコレクションは、後に財団法人に移行され、レオポルト美術館が設立され、2001年にオープンしました。

    ウィーンのミュージアム・クオーターの一部であるレオポルド美術館は、19世紀の中頃からモダニズムの興隆期のオーストリアの芸術の最大コレクションを特徴としています。フェルディナンド・ゲオルグ・ヴァルトミューラーの傑作「ダッハシュタイン山とゴーザウゼー」は、レオポルド美術館の所蔵するコレクションの中のビーダーマイヤー時代の作品で、ここに展示されています。

    rowboat at lake (Vorderer Gosausee)
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    写真でみるゴーザウゼー

    ゴーザウゼーはダッハシュタイン山塊を背景にして荘厳な眺望を印象付ける3つの湖、前ゴーザウゼー、後ゴーザウゼー、ゴーザウゼー・ラッケから成ります。この魅惑的な場所は、オーストリアで最も美しい自然景観と言われています。「#Gosausee」というハッシュタグのついた30,000点以上の画像がインスタグラムに掲載されています。ビーダーマイヤー時代の画家たちに愛された人気の景観は、今日の写真家やインフルエンサーたちの心をもとらえています。 

    山合いの湖、特に前ゴーザウゼーは、別名「神の目」とも呼ばれています。その湖は、ゴーザウの町近くのヒンタータールの端に位置し、その冷たい湖水に映るうっとりするような美しいダッハシュタイン山頂の姿は、この素晴らしい自然景観を目にしたすべての人々の心を捉えて離しません。

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