グスタフ・クリムト:完璧なカットで描かれたアッターゼーの風景
1910年から1916年まで、グスタフ・クリムトは夏の大半をアッターゼー湖の光と色彩の中で過ごしました。クリムトはその絵によって、湖と風景を不滅のものにしたのです。現在、カンマーにあるクリムトの散歩道やクリムトガーデンで彼の足跡を辿ることができます。
クリムトは当時、絵のモチーフを模索するため正方形を切り抜いた枠を持って湖畔に出かけていました。ウィーンのユーゲントシュティール(アール・ヌーヴォー)の巨匠グスタフ・クリムトは、1910年から1916年までの毎夏、大半をアッターゼ-に避暑に出かけ、水、空気、光にインスピレーションを得て、彼の作品の中でも最も美しい風景画を制作しました。クリムトはアッターゼーで40点以上の作品を描きましたが、そのほとんどが正方形です。クリムトは風景を完璧なスクエアに切り取るために、厚紙で作った正方形のファインダーを持って、アッターゼーの湖畔をそぞろ歩いたに違いありません。
(注)上記ビデオにある、クリムトセンターは2022年10月に閉鎖されました。
グスタフ・クリムトは、豊かな顎髭をたくわえた堂々とした体躯の持ち主で、アトリエの外でもマントのような長い青いスモックを着て歩いていました。
彼のパートナーでミューズでもあるファッションデザイナーのエミーリエ・フレーゲは、流れるようなゆったりとした婦人服をデザインし、クリムトとの散歩やボート遊びに着用していました。クリムトとフレーゲの二人がアッターゼー湖畔のリッツルベルク(Litzlberg)、カンマー(Kammer)、ヴァイセンバッハ(Weißenbach)に滞在した際の記録は多く残っており、クリムトとミューズが散歩やボート遊びやピクニックをしている様子を捉えています。風変わりな服を着たウィーンの芸術家カップルが、地元の住民の目には奇抜に映ったことは、想像に難くありません。
アッターゼー湖はクリムトにとって大切な場所でした。静かな湖は心に平穏と安らぎをもたらし、神経を落ち着かせ、その光と色彩は画家を魅了しました(まさにシュタインバッハ(Steinbach)の「作曲小屋」でその数年前に『交響曲第3番』を作曲したグスタフ・マーラーのように)。ウィーンで仕事をしていたクリムトは、アッターゼーが位置するザルツカンマーグートに一足先に行っていたエミーリエ・フレーゲと友人全員に、同地への憧れを綴る手紙やハガキを書いています。「未だかつてないほど、ここから出たい!」と。そして念願のザルツカンマーグートにやってきたクリムトは、たいてい到着の翌朝にはイーゼルを立てて絵を描いていました。
クリムトは、壮大な山頂のパノラマや雄大なアルプスの風景ではなく、誰でも見ることができる日常の美しさを、『樹々の下の薔薇』、『大きなポプラ』、『果樹』、『カンマー城公園の静かな湖』、『鶏のいる庭の小道』といった作品に描きました。雨の日ばかりは気分が沈み、筆が進まないとウィーンへの手紙で訴えています。クリムト本人は自らの作品にめったに満足しなかったといいますが、アッターゼーを描いた作品は今日、ウィーンのベルヴェデーレや、レオポルド美術館をはじめ、世界各国の有名な美術館に展示されています。
湖畔のカンマー城に続く菩提樹の並木道の辺りはクリムトのお気に入りだった場所で、クリムトファンにはぜひお勧めしたいスポットです。クリムトの散歩道を歩いたり、岸辺のベンチや湖に面したカフェで、クリムトが愛した風景を眺めながら、美味しいコーヒーを味わうのもステキです。ザルツカンマーグートを描いたクリムトの風景画は、今もそのままアッターゼーで見ることができます。
「湖は美しい女性の絹の衣のようで、青、草色、紫の色調でコケティッシュに輝いている」と、クリムトの最も有名な夏のリゾート画について熱狂的な批評家が書いています。
アッターゼーの湖畔には、クリムトがスケッチをしたと思われる場所に表示版が立っていて、作品と実際の風景を見比べられるようになっています。今日、湖を眺めていると、まるでクリムトの絵をそのまま見ているような気分にもなります。カメラやスケッチブックを片手に、あなたのアッターゼーを探してみるのも楽しみです。